Toshlと山本彩

UTAGEというテレビ番組で、X JAPANのボーカリスト山本彩のギター伴奏で「Say Anything」を歌った。私は山本彩が目的で録画していたのだが、身を削るような凄まじいシャウトを聴かされることになった。


Toshlは明らかに声帯を台無しにする危険を犯していた。彼は歌の後、中居正広に問われて「UTAGEで歌わせてもらうのが光栄だ」などと適当なことを言っていたのだが、ひとつのテレビ番組のためだけにそんなリスクを取るだろうか。

私にはその原因が、澄んだ眼で隣の彼を見つめていた、セッションの相手である黒髪のギタリストにあるように思えた。気に入った女のために精一杯の格好をつけるのは、大人になりきれない男の沙我である。高名なロックシンガーであろうが、近所の大工の棟梁であろうが、それは変わらない。

看板娘を目当てに近所の喫茶店に通う中年男が「ねえちゃん、よう働くから、褒美にワシの歌、聴かせたろか」と言うのに、「ほんま?嬉しいわあ」と娘が答えるのを愛想とも聞かず、「よっしゃ、これでもワシは歌うまいねんで。ねえちゃん、ギター頼むわ」という調子に見えた。

f:id:onigashima:20180803125507j:plain

Toshlは「おっちゃんの声、ええやろ」とでも言うようにセッションの冒頭から挑発してきた。だが、Toshlの美声を堪能するに十分な余裕があるはずの山本彩は、素知らぬ顔でやり過ごす。

単音のピッキングにやや難があるように思える彼女も、コードストローク中心のアレンジでは落ち着いたものだ。アップストロークによるリズムの取り方が秀逸で、何よりもアコースティックギターをとても良い音で響かせる。

アカペラパートの後、漸く彼女が反応した。「ぐいぐい来るなあ。ついて行かなあかんかな」という風情で、ダウンストロークはより奔放に、アップストロークはより力強くなる。だが、テンポを上げるような愚は犯さない。あくまでも中心は歌であって、ギターではない。それが彼女の生真面目さであり安定感だ。逆に言えばノリの悪さでもある。

それでも、出番を終えて聴いていた秋川雅史が「(Toshlの)エネルギーを感じ取って、彼女が自分もついていこうというエネルギーにしたあの瞬間、ぞくぞくっときました」というぐらいだから、山本の出来も悪くはなかった。

エンディングはToshlの独壇場だった。彼の声が破れていたのを、昔はもっと高音が出ていたと嘆く連中もいるようだが、それは違う。きれいな声のスクリームなんて若い時だけのものだ*1。最後にはToshlの声は完全に破綻していたのだが、彼は最後まで押し切ってしまった。魂の込められたシャウトだった。


結局、Toshlのこの日の目的のひとつは完遂できたようだった。それは、彼を見つめるギタリストの眼差しが「おっちゃん、ほんまに歌うまいねんなあ。ちょっと涙でてきたわ」と言っているように見えたからだ。

Toshlが伝えたかったこと

もちろん、MCの中居に弄られていた人の良いおっちゃんは、唯のおっちゃんではない。世界最大の音楽フェスティバルである今年のコーチェラで、セカンドステージ*2のヘッドライナーとして、メインステージのヘッドライナーであるBeyonceと「対戦」した*3メタルバンドのリードシンガーなのだ。コーチェラの評判はとても良く、沈滞するロックシーンにおける復活の旗手のような扱いだったようだ。

f:id:onigashima:20180628010956j:plain

去年のWembley Arena公演は大成功だったし、ドキュメンタリー映画も異例の大ヒットになった。X Japanは、海外活動に関しては、若いころよりも遥かに成功しているように見える。Loudwireだったか、X Japanはロックの次の世代((日本のではなく、世界の)を育てる義務を負っているという論調さえあったほどだ。

そのX JapanではYOSHIKIばかりが注目されているが、このリードシンガーの存在なくして、彼らの成功はあり得ない。伝統的にロックでは、リードシンガーとリードギタリストの評価で全てが決まる。


Dailymotionでコーチェラの録画映像を見ることが出来る。面白いことに、UTAGEの方が却って、Toshlの気持ちが入っているのではないかとすら思える。そこから推測できるのは、Toshlにはもうひとつの、もう少し真面目な目的があったのではないかということだ。

彼は、Instagramで山本とのツーショット写真に次のようなコメントをつけている。

山本彩さん、次世代担うアーティストとの感動コラボ。ひたむな思い込めた演奏。大切なこと思い出させて頂きました」

まず分かることは、Toshlは山本のことをとても気に入っているが、それはアイドルとしてではなく、ミュージシャンとしてであることだ。つぎに「ひたむき」という言葉だ。これはひとつには 、彼女のギタリストとしての技量がまだ十分でないことを言っているのだろう*4。それにも関わらず、彼がセッションを十分に楽しめたのは、彼女の音楽に対する真摯な姿勢だったというわけだ。


最も重要なことは、Toshlは、山本が次世代を「担う」と考えていることだ。

では、山本は次世代の何を担うと期待されているのか。それが単なる音楽シーン全体を言っているのではないことは、彼が番組終了後のインタビューで語った言葉から分かる。

「こちらがロックのスピリットを出していくと、それに呼応するようにギターで絡んできてくれるんじゃないか、2人の相乗効果で思い切りパワーが爆発するんじゃないかなと思った。その通りになりました」

彼は、山本が「ロックスピリット」を理解できると信じていたこと、そして、それが正しかったことを言っている。

つまり、Toshlは山本が「ロックシーン」を担うことを期待していたのだ。そして自らがロックシンガーとしての在り方を示すことによって、彼女を育てようとしたのだと考えれば*5、彼ののめり込みようが納得できる。Toshlが喉のリスクを犯してまで伝えようとした気持ちに、山本は、はたして答えることができるのだろうか。

数日前、山本はアイドル稼業を退きミュージシャンに専念することを発表した。このときのToshlとのセッションが、その判断に何らかの影響を与えたと考えるのは、決して穿った見方ではないと思うのだが。

*1:いくら男がスクリームを頑張っても、今をときめくSu-metalに勝てるわけがない

*2:Mojave Stage。正確にはセカンドステージかどうか不明なのだが、タイムテーブルと収容人数から推測すれば正しい表現と言えるだろう

*3:土曜日の最終時間帯にステージが組み込まれたので「対戦」という表現がふさわしい。grammy.comの記事もそのように煽っていた

*4:彼がいつも一緒のギタリストに比べたら、あたりまえのことではある

*5:世界のロックシーンを導くかわりに、日本のロックシーンを育てようとしているのか

BABYMETALはどこへ行く

アメリカツアーでのBABYMETALの変貌には、戸惑っている人も多いだろう。

当然、ツアーの様子をできるだけ詳しく知りたいわけだが、日本の記事の多くは海外の一次情報の転載に近いから*1、あまり参考にならない。では一次情報はどこから得るのかと言うと、BABYMETALの場合はRedditだ。

Redditには、コンサートに参加したファンの感想やファンカムの映像が載せられているから、生の雰囲気が分かる。とはいえ、一般人の感想は客観性を欠くことも多い。そのときに便りになるのはプロのライターによる記事だが、その記事についての情報も、やはりRedditから得られる。Redditには、雑誌やサイトの記事についてのスレッドもあげられるからだ。

Houston Pressという地方紙のサイトに載ったレビュー「Heavy Metal Could Use a Few More Acts Like BABYMETAL」も、Redditで知ったものだ。

BABYMETALのようなアクトが、ヘビーメタルの世界にもっといてもいいと思う

Cory Garcia著 / 2018-05-14 / @Revention Music Center / Houston Press

f:id:onigashima:20180525145403j:plain

このショーの冒頭で、闇の力を呼び出す呪文が唱えられたようだ。「ようだ」というのは、私がBABYMETAL ー 申し訳ないが、これ以降はBabyMetalと表記する*2 ー の伝承に詳しくないからだ。そもそも、狐神が良い神なのか悪い神なのか、あるいはそのどちらでもないのかよく知らないし、The Chosen Seven というのが何なのか、一切の手掛かりを持たない。それでも、仮面や登場人物や振り付けを見れば、闇の力を召喚しようとしているぐらいのことは分かる。ふさふさの顎髭を生やし腕に入れ墨を入れた男どものメタルショーでは、こんなものを見ることは、まずないだろうが。

BabyMetalがシーンに登場したとき、多くの連中がギミックとして片付けてしまったのだが、その理由が分からないなどと、しらばくれるつもりはない。「このJポップグループは、俺のシーンで何を仕出かそうというのだ?なんでチュチュを着ているのだ?こんなものはメタルじゃない!」。だが、チュチュとおさげ髪が、修道服や白塗りの顔よりばかげていると、はたして言い切れるのだろうか?メタルがロックの全ジャンルの中で最も劇場的なことには、議論の余地がない。おそらくは最も見世物的だと言ってもよいだろう。メタルとポップミュージックの距離は、メタル側が思っているよりも、はるかに小さいのだ。

ギターソロ、信じられないほどのボーカル、黒ずくめの衣装、ややこしい神話、やはりBabyMetalは紛れもなくメタルバンドだ。彼女たちの曲の中には、「Gimme Chocolate」のようにヘビーメタルのリフを散りばめたポップソングもある。しかし、ポップ要素は含みつつも正統的スラッシュだと言える曲も、同時に存在するのだ。「Gimme Chocolate」のような曲が、よりヘビーな曲への導入になっていることは事実だが、特にライブでは、後者の方が支配的だと私は思う。

BabyMetalの進化が興味深い。チュチュとおさげ髪がなくなり、Themysciraに登場する闇の世界の戦士のような衣装に置き換わった。バックダンサーを入れたのも面白い。ショーの半ばまでは特に何とも思わなかったのだが、あるギターソロの途中で彼女たちが格闘の振り付けを始めたときに、私は確信した。ギターソロには格闘シーンが不可欠だったのだ。残念ながら、このグループから一人のメンバーが欠けたことについては認めざるを得ない。だが、Yuimetalがこのツアーに帯同していないというミステリーは、ここで私がどうこう言うべきものでもない。誰かが真相を公表してくれることを望む。

ばかばかしい神話のついたメタルJポップグループというコンセプトを、私は愛している。だが新曲「Tatoo」を聴けば、Su-metalをソロアーティストとして押し出そうとしていることが見えてくる。それほどまでに、この曲における彼女のパフォーマンスは素晴らしい。彼女は、その感動的な声から、言語を超越する持って生まれたカリスマに至るまで、およそメタルシンガーに必要とされるものの全てを備えている。スタジオバージョンの「Tatoo」が出たら、年度代表曲の候補になるに違いない。

Babymetalはメタルの広い世界への入り口として完璧なアクトだ。アメリカの大きなロックフェス*3への出演を喜んでいる。この日の観客からみるに、彼女らのファンは熱いなんてものじゃない。私はと言うと、もう入り口というより、取り憑かれている。ごついオッサンバンドが、Reventionで闇の神を召喚しようとしたことなんて、いつだったかな?


ところで、前座はどうだった?: もっと名のあるバンドが、このReventionで呑まれてしまったのを何回も見てきたが、Skyharborは、このビルで見てきた前座の中でも、かなり良かった部類ではないか。Eric Emeryは、とても良い声を持っていて、ブレス・コントロールも素晴らしい。セットの最後には観衆の大半から支持を得ていたようだ。よくやった、Skyharbor。この話が気に入ったら、我々のニュースレターを取ってほしい。どうかな

私個人のバイアス: メタルもポップも両方好きな私にとっては、BabyMetalというのは、まさにど真ん中なのだ。願わくば、彼女たちのカタログを、もう少し増やしてほしいな。

観客: Slayerの最後のツアーに行こうかという風な黒ずくめの連中が多かった。BabyMetalのコスプレを頑張っていたのも少なくなかった。良い場所を取ろうと、何時間も柵の中に並んでいた強者もいた。

観客から漏れ聞こえてきたこと: 「ちゃんと並んでよ。私の責任になっちゃうじゃないの」と女性が叫んだ。彼女の連れが、遠くに親しい誰かを見つけて、走っていってしまったときに。

ちょっと思ったこと: 以前行ったReventionのショーでは、観客がもっと気楽にしていたような気がする。普通なら、前座が終わるとビールを飲みに行ったり、物品を買いにいったり、トイレに行ったするのだが、今夜はそんな連中はいなかった。前へ前へと押しかけることもなかった。正直、そんなのがもっといてもいいと思うのだけどね。

あとがき

ヒューストンプレスの記事にあるように、チュチュとおさげ髪がなくなった。私は所謂「ロリコン*4ではないので、衣装の変化はどちらかというと好ましい方なのだが、それでも違和感はある。

もちろん、一番の変化はYuimetalの不在だ。当初はそれを悲しむ声がReddit上で多かった。Yuiの不在をアミューズが発表しなかったのは、やはり怠慢と言われても仕方がない。彼らがいくらBABYMETALをキャラクター化したいといっても、彼女たちが実在の人間であることが人気の核心なのだから*5、メンバーが欠けるというのは最も重要な情報であって、これ以上に大事なものはない。アミューズは、この点への配慮が足らないようにみえる。YuiがBABYMETALをグループから離脱したのかどうかという疑問にさえ、最初に答えたのはアメリカのプロモーターだった。

しかし、そのうち多くのファンは、Yuiの不在を受け入れないまでも、現実に慣れてきたようだ。新しいバックダンサーの話題も増えてきた。私は最初、二人のうちの一人の体格があまりにもりっぱなので、女装した男性かと思った。彼女は、Reddit上ではMuscle-metalと呼ばれている。上の記事の著者もいたく気に入っているように、紅月での二人のバックダンサーによるバトルは凄まじい*6。バックダンサーを入れたことは正解だ*7

一連の変化(上の記事の言葉を借りれば「進化」)は、彼女たちの年齢の変化からすれば当然とも言えるものだ。だが、心配はある。Rock on the Rangeのビデオを見ると、とても盛り上がっているのだが、反面、馴染み過ぎている。リードシンガーの声が甲高いことを除けば、何処にでも居るとまでは言わないが、どこかに居ても不思議ではないメタルバンドだ。奇妙さだけで注目されるような時代は過ぎてしまった。

この後どうなるのか、全体像はまだ見えてこない。それが既に完成していて、単に気を持たせているだけなのか。それとも、まだ構想の途中なのか。どちらなのだろう?

*1:もちろん、この記事もそうなのだけれど

*2:アメリカ人は、babyとmetalを一語に綴ってしまうのが気になるらしい。Rock on the Rangeのポスターでさえ「BABY METAL」とあいだに空白が入っていた。日本での「ベビーメタル」というような発音を聞くと逆上するかも知れない。私でも「ベビー」は気になるので、BABYMETALと表記している

*3:「some of the bigger American rock festivals」となっている。Rock on the Range以外に、夏か秋のフェスに決まっているのか。それとも、ヨーロッパのフェスをアメリカのフェスとして誤解しているのか

*4:次にこれに関係した記事を書く予定

*5:BABYMETALは、断じて「ミッキーマウス」ではない(Metal Hammer 281号のカバーストーリーの翻訳記事「 BABYMETALが止められない理由」を参照 )。ミッキーマウスの縫いぐるみに誰が入っていようと、そんなことはどうでもいいが、Yuimetalの縫いぐるみに水野由結以外の人間が入ることはありえない

*6:4回転の回し蹴り。ボクシングを少しでもかじった人なら分かると思うが、あんな激しい動きでは素人なら30秒も持たない。それを彼女たちはショーの最後まで踊り続けることができるのだから、恐るべき体力だ

*7:しかし、Muscle-metalは著名なアクション女優らしいから、いつまで雇っておけるのだろう

BABYMETALの30周年

彼女たちはバンドなんかじゃないよ。30周年なんて想像もつかない。彼女たちは現象なんだ。そういうものは消えてゆくものさ。それは避けられないことなんだ (伊藤政則の発言。Metal Hammer 273号*1のカバーストーリーの挿入記事より)

音楽評論家の伊藤政則が、Metal Hammer 273号のカバーストーリー*2に挿入されたインタビュー記事*3の中で、BABYMETALのことを批判的に語っている。確か、伊藤は2014年の年末のラジオ番組では、BABYMETALを特に批判していなかったようなのだが*4、イギリス人の記者には本音が出たのかも知れない。ところが2016年になると、伊藤はBABYMETALを評価する立場に変わったようで、そのことを変節だと批判されたようだ。

私は、伊藤の評論は全く好きではないが、上の批判については弁護したい。音楽というのは大衆文化であって、そもそも大衆文化に正解はない。唯一のよりどころは大衆の好みだ。だから、伊藤が当初、BABYMETALを認めていなくても、Wembley Arenaで日本人初のヘッドライナーとなった後では、BABYMETALを認めざるを得ないのだ。それは変節ではなく、大衆文化を評論する立場の人間として当然の態度だ。むしろ、伊藤に自らを認めさせたBABYMETALをほめるべきだろう*5

だが、本題はそれではない。BABYMETALの30周年だ。

30周年はあり得ないことなのか

伊藤は「30周年」という言葉を、全く有り得ないはなし、想像もつかない出来事だという意味で使っている。おそらく彼は、BABYMETALに対する評価を変えたらしい今でも、BABYMETALに「30周年」があるなどとは露ほどにも思っていないだろう。

しかし、それは伊藤だけではない。BABYMETALのファンの大多数も、そう思っているに違いない。そのことは、多くのファンがBABYMETALの解散を明日にでも来るのかと心配していることからも窺える。でも、考えてもらいたい。Rolling Stonesが50年以上続くなんて誰が想像したか。それに比べれば、BABYMETALの30周年なんて大したことじゃない。30周年でも、まだ彼女たちは40歳そこそこではないか。

解散を心配している人たちの多くは、アイドルとして彼女たちを見ているのだろう。そういう人たちは、心配しているというより、なかば解散を期待しているのではないだろうか。キャンディーズが解散したことによって永遠のアイドルになったように、オバサンになったBABYMETALを見たくないのかも知れない*6

64歳のSindi Lauper

これに対し、音楽としてBABYMETALを聴いている人たちは、彼女たちがオバサンになることなど全く気にしない。メタルファンはBABYMETALにメタルの復興を託しているのだろうし、メタルファンでない私たちは、BABYMETALが世界の音楽シーンをリードする初めての日本バンドになることを期待している。

64歳のSindi Lauperや59歳のMadonnaの現在の姿を見れば、40代のSu-metalが世界を代表するロックシンガーであっても、何の不思議もない。

ビジネスとしてのロック

私は「BABYMETALと解散」という記事で、BABYMETALの解散について考えてみた。そこで、株式会社アミューズにとっては、現状ではBABYMETALの解散を許すことができる余地が全くないことを示した。少子化で先細りが確実な日本の興行界にあるアミューズにとって、海外展開は唯一の希望であり、その中心がBABYMETALなのだ。

一昨年のことだったか、AC/DCがツアーを前にしてリードシンガーのBrian Johnsonにドクターストップがかかってしまった。そのとき彼らは、ピンチヒッター*7をたててツアーを乗りきったのだが、これは著名なロックバンドがビッグビジネスであることの証しだ*8

斯くの如く、ロックバンドのビッグネームは、否応なくビジネスに組み込まれてしまう。BABYMETALも、AC/DCには比ぶべくもないとはいえ、アミューズという上場企業に所属しているだけに、やはり経済原理を無視することはできない。国外におけるBABYMETALの現在の知名度は、ほとんど奇跡のようなものだ。それを一から作り上げることを考えると、BABYMETALの名前は既に十億円以上の価値がある。たとえ「BABY」を名に負うとしても、十年後も彼女たちが、この名前を使うことには確かな経済的合理性があるのだ*9


唯一、解散の可能性があるとすれば、BABYMETALの人気が落ちて解散せざるを得なくなる場合だ。多くのBABYMETALヘイターたちが望んでいるように、BABYMETALがギミック的あるいはアイドル的な人気に乗っているだけならば、確かにそうなるだろう。

だが、私はそうではないと思っている*10。一昨年の夏に、そのような夢を見た。

真夏の夜の夢

シェークスピアの「Midsummer Night's Dream」の「Midsummer」は、実際には「真夏」ではない。それは黄道上の真夏、つまり夏至の日のことだ。そして「Midsummer Night」は夏至の前夜を指す*11。ヨーロッパのいくつかの地方には、夏至の前夜に妖精たちが大騒ぎをするという言い伝えがある*12


こんなことを言うのは、暑い夏の夜に見た夢のなかで、Glastonburyの大トリのステージに立ったバンドのフロントウーマンが、「今日は『Midsummer Night』だから、お化けが大騒ぎするんだ」と、しょうもない冗談を言っていたからだ。

彼女は、リードギターの女がステージ上を走り回って観客を煽り立てているのを、少し困り顔で揶揄していたのだ。40歳前後に見えるリードギターの女は、背は小さくてちょっと小太りだが、元気一杯で、ギターを弾くより観客の相手になる方が本職だと言わんばかりに暴れまくっていたのだが、ライトが届く限りのエリアを全て埋め尽くした観客の方も、それに乗せられて大盛り上がりだった。

50代と思われるリードシンガー兼ベーシストは、魔法使いの婆さんみたいに痩せているのだが、いったん歌い出すと圧倒的な迫力だ。自らのベースとツインドラムが作り出す重厚なリズムを背景に、10万人を越える観客を自由自在に操っていたのは、ピラミッドステージの最後を飾るフロントウーマンにふさわしい貫禄だった。

そのバンドは、トリプルギターにキーボードを加えた8人編成だった。ドラムの片割れはリードギターと同じような年格好の女で、彼女と件の二人を除く5人はいずれも若い男女だった。家族バンドのように言っていたから、3人の女の子供たちなのだろう。

残すところ最後の一曲だけとなって、ドラムの女が、はち切れんばかりの笑顔でステージの前に出てきた。ギターを観客席に投げ込んでしまったリードギターの女と一緒に大笑いしていたのだが、これもハンドマイクだけになったリードシンガーを挟んで3人で並ぶと、このバンドが何であるか、もう想像がついた。

そして、それを確信したのは、100バンド以上が出演したこの年のGlastonburyを締めくくった曲が、「Gimme Chocolate!!」だったからだ。


これは、BABYMETALが一昨年のDownloadに出るころに見た夢だ。ちなみに、夏至の前夜が日曜日になるのは2049年*13。30周年どころか40周年に近いころだ。あり得る話だと思うのだが、私がそれを実際に見るのは難しいかも知れない。

*1:BABYMETALが273号で、初めて表紙になった。273号は2015年の夏号だ。夏号は7月号と8月号の間に出版される。このためMetal Hammerの発行は1年間に13号になる

*2:カバーストーリーの翻訳は「BABYMETALとCover of the Year」に掲載した。ただし、挿入記事には触れていない

*3:44ページの左端

*4:それでも、奥歯に物がはさまったような言い方だった

*5:ところで、旧悪を暴露するようで伊藤には申し訳ないが、冒頭の言葉のなかで、伊藤は詭弁を使っている。それは「現象」が短命だという論理だ。物理的には「現象」(phenomenon)という言葉に、一時的とか瞬間的とか寿命が短いなどという意味は含まれない。例えば超電導現象は、臨界温度より低温を保つ限り無限に続く「現象」なのだ。伊藤は「現象」の正確な意味を知らずに使っているのかも知れないけどね

*6:グループのアイドルは解散することによって終わることができる。その意味で、いまの伊藤蘭キャンディーズ伊藤蘭ではない

*7:Guns N' RosesのリードシンガーAxl Rose

*8:AC/DCは世界ツアーのためにファンドを組んでいたようで、ツアーを中止することは多くの人に損失を被らせることになってしまう

*9:ひらひらのスカートを履いているかどうかはともかくとして

*10:そうならないためにも、彼女たち自身で彼女たちの音楽を確立してもらいたいと思う

*11:とても細かいことを言うと、「Midsummer Night」は「夏至の前夜」ではなく「夏至の日の夜」のことだ。というのも、当時のヨーロッパの1日は日没から始まるから。だから、「夏至の夜」が最初に来て「夏至の朝」が次にくるわけだ。これとは逆に、江戸時代の日本の1日は夜明けから始まる。そのため、夜中に討ち入りした赤穂浪士泉岳寺に報告に出向いたころには、既に12月15日になっていた

*12:シェークスピアの喜劇もそういう話ではある

*13:彼女たちの年格好から想像すると