二作目の呪い、Phoebe Snowと山本彩

二作目の呪い。英語で"sophomore curse"。

"Sophomore"は、大学や高校の2年生を表す名詞である。転じて、形容詞として使われる場合は「ふたつ目」という意味になる。ギリシャ語の「叡智(Σοφια)」から派生した語のひとつである。

この"sophomore"が"album"に付くと、「二作目のアルバム」を表わす。ヘビーメタル関係の記事では、"second album"よりこっちの方が好まれるようだ*1。BABYMETALの「Metal Resistance」の記事でもよく出てきた。

"Sophomore album"という仰々しい表現が存在するのは、ひとつには二作目のアルバムが特別の意味を持っているからだろう。ファーストアルバムで話題になったミュージシャンが一流として評価されるかどうかは、2枚目のアルバムの出来に掛かっている。それにも関わらず、多くの場合、2枚目のアルバムはファーストアルバムの評価を超えることができない。

だから、二作目には「呪い」がかかっているのではないかというわけだ。

Phoebe Snowの場合

Phoebe Snowの同名タイトルのファーストアルバムは、アメリカで100万枚以上売れた。だから、2枚目に期待がかかるのは当然だ。だが、「Second Childfood」は期待ほどのセールスは得られなかった。

https://www.amazon.co.jp/Second-Childhood-Phoebe-Snow/dp/B0012GN2HE/ref=sr_1_7?ie=UTF8&qid=1507000132&sr=8-7&keywords=phoebe+snow

Phoebe Snowの名前を思い出せなかったぐらいだから、記憶はかすかだが、私も「Second Childfood」を買ったように思う。たぶん、発売を待ち焦がれていたのだ。そして、たぶん、がっかりした。

だが、いま「Second Childfood」を聴き直してみると、悪いアルバムではなかった。ファーストよりジャジーになっているが、Phoebeの大きな波のようなビブラートは健在だし、心地よい高音にひたすら癒される。当時、何故がっかりしたのだろう。

ひとつには期待が大きすぎた。これは私だけではない。そもそも、アメリカのミュージックシーンが大きな期待をかけていたのだ。Phoebe Snowはスーパースターになることを期待され、そしてそれは、なかば約束されていた*2

もうひとつの要因は、おそらくPhoebe Snowが多才すぎたのだ。どんなジャンルの音楽でも歌うことが出来る。だから、プロデューサーは彼女の本質を見誤ってしまった。Phoebeはジャズシンガーではなかったのだ。

山本彩の場合

山本彩の"sophomore album"は、明日、発売される。大きなレコード店には、今日の段階で並んでいる。どうも評判が良いらしい。

だが、私は一抹の不安を持っている。その不安は、阿久悠の作詞による「愛せよ」に端的に現れている。この曲は、いきものがかり水野良樹が出演したNHKのドキュメンタリー番組の最後に、山本が歌ったものだ。だから、既にフルコーラスを聴いている。

番組としては、とても面白かった。水野が、阿久悠の関係者に彼の人となりを聞き歩きながら、作詞家としての阿久悠の意味を現代に問い直すという主旨だ。その物語の結論として、彼の残した未発表の詞に水野が曲をつけた。だから、番組中のそれまでの布石が全て、山本の歌う「愛せよ」に集約されてしまった。

彼女は見事に期待に答えた。番組は明治神宮の森を眺める水野の後ろ姿に、山本の見事としか言いようのないフェイクをきかせたエンディングが重なる。感動的なラストシーンだったのだが。


彼女は十分過ぎるほど上手かったではないか。何が悪いのだ?


いや、それが悪いのだ。上手すぎるのだ。もっと言うと、歌が上手いことを前面に出しすぎるのだ。

もちろん、彼女を責めることはできない。いつもの水野らしくない*3阿久悠の頑固さに魅入られたような、単調なコード進行とそっけないアレンジは、山本に自分で何とかしろと言わんばかりなのだから。

だが、これでは、Phoebe Snowと同じではないか。どんな曲も水準以上に歌えるから、何でも歌わせる。彼女なら何とかしてくれるだろう...

それは、最後に彼女の個性を消してしまうのだ*4。「identity」というタイトルの意味が皮肉にならないことを、切に願う。

*1:ヘビーメタルのライターは、一般人が知らない単語を好んで使う

*2:Phoebe Snowは、結果的にスーパースターにはならなかった。だが、その主たる原因は彼女の健康と家庭的な問題であって、セカンドアルバムは大きな要因ではなかったのだが

*3:それほど水野のことを知らないのだけどね。しかし、番組の中のやり取りを聞いただけでも、彼が秀でたアーティストであることは分かる。私でも聴いたことのある、よく知られた彼の曲は、どれも素晴らしい

*4:山本彩は、本質的にR&Bシンガーだ。日本人では彼女にしか聴いたことのないレイドバックビート。昭和の歌謡曲をうまく歌えるからと言って、それは彼女の本質ではない