「春はもうすぐ」と山本彩の俠気

山本彩は多くの人が知る元アイドルだ。それ故、アーティストとしてやっている現在も、アイドル時代のファンダム*1が維持されているようだ。

残念なことだが、アイドルファンから移行した連中のなかには、とんでもない迷惑な連中がいる。全く音楽が分からないくせに、山本のアーティスト活動に対して、えらそうに文句をつける。

一月ほど前、山本彩CDTVのテレビ番組で「春はもうすぐ」を歌ったとき、彼女のファンの中の、いかにも自分は音楽のことが分かっているという風な連中が、彼女のパファオーマンスを批判していた。やれ、声が出ていないとか、音を外していたとか。

いや、もちろん、彼らの言うことが当たっていたら何も言うこともないのだが、全くスカタンなほど外れているから、他人事ながら恥ずかしい。

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「春はもうすぐ」に込めた思い

山本は、ツアーが延期になった直後、ファン向けに3人編成でライブ配信を行った。その中の1曲がいきものがかり水野良樹が提供した「春はもうすぐ」だ。この曲だけがいまでもYouTubeに残っているが、ツアーやCDとは全く違ったアレンジで、山本は歌っている。

山本は、この曲でコロナ禍の人々の気持ちを表現しようとしているのだ。


一番は、ひたすら声を絞り、出るか出ないかのぎりぎりの所で歌う。それは歌というより語りに近い。コロナ禍で打ちひしがれた状況を表現しているわけだ*2

それに対し、二番は正調に戻る。人々落ち着きを取り戻しつつあることを表している。そして、サビは思い切り声を張る。我々は負けずに立ち上がるんだという決意の表現だ。

サビには振りまでいれて、ちょっと芝居がかりすぎだと思わないでもない。これまでの彼女とは明らかに違う。


だが、この曲に込めた彼女の思いは容易に想像できる。

山本の所属事務所は吉本興行傘下とはいえ、それほど大きな事務所ではない。山本が一番の稼ぎ頭だ。その彼女のツアーが中止になってしまったら、その損失は莫大なものになる。会社の倒産も覚悟しなければならない。苦労してやっとアーティストに専念できる状況を手に入れたのに、それが消えてしまうかも知れない。

だが、滅入ってばかりも居られない。彼女の肩には、社員や所属アーティスト全員の生活がのしかかっている。何とかしなければならない。「春はもうすぐ」は、そんな彼女の気持ちでもあったのだ。

山本彩の俠気

CDTVの番組というのは、ナオト・インティライミほか、コロナの自粛期間中にネット上の音楽配信で話題になったアーティストを取り上げたものだった。山本にも、おそらく「春はもうすぐ」指名でオファーされたのだろう。山本は、それにサポートチームのフルメンバーで臨んだ。

この曲は(現在のアレンジはというべきだが)、明らかにアンプラグドな3人編成でやるべきものだ。自分の声だけで感情を表現できる山本なら、バイオリンやコーラスのサポートは必要ない。ましてやリズムセクションなんて、却って邪魔にしかならない。

実際、全体としての出来はあまり良くなかった。リハーサルが十分でないのが、ひとつの原因だ。asamiなどは張り切りすぎて、サビで山本の声を消してしまうところもあった*3

だが、それくらいの失敗は山本も予想していたに違いない。あえてフルメンバーでやったのだ。


コロナ禍で苦しんでいるのは、山本だけではない。むしろサポートチームの方が、ツアー中止の影響は大きい。テレビに出演したら、少なくともギャラを払ってあげられる。そして何よりも、アーティストというのは人前で(テレビの向こうかもしれないが)演奏するのが一番嬉しい連中なのだ。

山本は、どうしても彼らと一緒に出たかったのだ。バンドを率いる*4というのは、そういうことだ。


天性のリーダーシップなのか、経験から身につけたものなのか。弱冠27歳の女性にして、りっぱなものだ。

*1:ファンダムという語は、単なるファンの集団を指すだけではない。そのファンたちが作る文化、他とは違った特有の雰囲気を指す。英語の綴りはfandom。fanとkingdomを混ぜた造語というのは間違い。domは単なる接尾辞だ

*2:音楽の分からない連中は一番は声が出ていないと言うが、当たり前だ。そもそも声を出していないのだから

*3:二人の声は高音部がかなり似ている。だから、asamiの声が勝ってしまうと音を外したように聴こえる。だがasamiだって、Download UKの舞台に立ったほどのボーカリストだ(ゲスト出演だったが、あまりにも堂々としていたので、伊藤政則が驚いていた)。思わず頑張ってしまったのだろう

*4:山本は小名川高広のことをバンマスと呼んでいるが、本当のバンマスは雇用主である山本以外の誰でもない。パートタイムバンドとはいえ、彼女にはバンドメンバーの生活を支える責任の一端がある