「江戸御留守居役―近世の外交官」

何の脈絡もなく書評(のようなもの)を始める。

著者:笠谷和比古
出版:吉川弘文館

この本は、国史大辞典で知られる吉川弘文館の歴史文化ライブラリーの1冊である。著者は、執筆当時は日文研の教授だったらしい。京大文学部の出身だということで、梅原猛人脈の人なのだろう。

ある事情があって、私は個人的に留守居役に興味を持っている。その留守居役を詳細に調べた本である。

この本の副題は「近世の外交官」である。外交官という言い方は奇妙に聞こえるかも知れない。しかし、江戸時代の日本は一つの統一された国ではなく、大名が別々に統治する300ほどの半ば独立した小国の連合体であるという説もあるぐらいだから、大袈裟な言い方ではない。実際、アメリカ合州国*1の各州の権限と江戸時代の各藩の権限を比べると、藩の方がやや強いとも言える。例えば、州または藩の内部で起きた犯罪について裁くとき、アメリカの州では連邦裁判所に上告できるが、江戸時代の藩では自藩だけで処分を決めることができる*2

「留守居役」という名称

本来、留守居役という名称は、城や屋敷(江戸屋敷、京屋敷、大坂屋敷)に藩主がいないとき、その留守を守る職掌をさしていた。この役目は家老クラスの高官が務めるのが通常であるが、これは本書の主題ではない。

これに対し、17世紀も後半になると、幕府や他家との事務連絡に携わる、元々は「聞役」と呼ばれた専門職を「留守居」と呼ぶ慣習が定着する。彼らの職務は初期には単なる事務連絡に過ぎなかったのだが、次第に情報の収集、得られた情報の解釈、幕府や他家との交渉等、藩の中枢に関わる大きな役割へと変化して行く。この役割の変化が、「聞役」から「留守居役」への呼び名の変化につながっていったのだろう。

続く

*1:本多勝一に倣って、国名を直訳した

*2:ただし、他領の人間がからむ犯罪の場合は、幕府の評定所で裁かれる