BABYMETALとメタルの危機

これは、2015年の記事です

最近BABYMETALが、イギリスのKerrang誌とMetal Hammer誌がそれぞれ主催する賞を相次いで受賞した。

たいへんお目出度いことであり、Downloadへの飛び入りやDragonForceの共演も含め、世間では大盛上がりである。しかし、日本の記事でKerrangを「世界一権威のある」などと持ち上げているのを読むと、ちょっと待てよと言いたくなることも多い*1

そこでここでは、一連の現象を少し皮肉な目線で分析してみたい。

THE SPIRIT OF INDEPENDENCE AWARD

Kerrangの方は、THE SPIRIT OF INDEPENDENCE AWARDというもので、編集部が選定するカテゴリーである。そのため、予めノミネートされることもなく、誰もBABYMETALが受賞するとは気付いていなかった。読者投票にかけられるカテゴリーにBABYMETALが選出されなかったので、その段階で「今年は残念だったね」という雰囲気だった。

KerrangはBABYMETALを最初に取り上げた雑誌だったので、Metal Hammerの持ち上げように比べて少し熱が覚めたのかなと思っていたが、実際には読者投票のノミネートの段階で、既に受賞が決まっていたのだろう。ヨーロッパツアーが終わっても3人組がロンドンに残っているという噂が流れていたが、後から考えると、全ての日程が決まっていたようだ。

今年の受賞者には、Judas PriestAlice CooperMarilyn Mansonと最近のロックシーンに全く疎い私でも知ってる連中が並んでいる。その中にBABYMETALの名前が、ずっと下の方どころか、彼らと並んで掲げられている。

THE BREAKTHROUGH AWARD

Kerrangと違ってMetal Hammerの方は、5バンドのノミネートからの読者投票だった。

一月ほど前の、まだ読者投票が終了していない段階で、授賞式の余興にBABYMETALが出演することが発表されていた。それから察するに、既にその時には投票結果は明白だったのだろう。そもそもインターネット投票も受け付けるような形式では、BABYMETALが勝つのは最初から見えているから、ほとんど編集部選出と変わらない。おそらくMetal Hammerにとっては、ノミニーとしてあらかじめBABYMETALの名前を出しておくことが重要だったのだろう。

ちなみに、この賞の主旨は、BREAKTHROUGHを期待されるバンドを選ぶということだ。といっても単なるメタルスターへのBREAKTHROUGHではない。大きなロックフェステイバルでヘッドライナーを務めるような、超一流バンドになることを期待されるという意味だそうだ。

Golden Gods Awards全体の受賞者は、Kerrang同様、年寄りにも馴染みのある連中だ。

Gene Simmons、Brian May、Dave Mustaine。KissにQueenMegadeth、70年台後半から80年台のロック少年であったBABYMETALファンは、さぞ狂気したことだろう。ちなみに、私はそれより前の世代だから感動はしない。とはいえ、彼らとBABYMETALが同じ受賞者として一緒にいるのは、なんとも奇妙な景色だ。この間まで一緒に写真を撮って喜んでいたのに*2

BABYMETALはいつから、こんな大立者になったのだろう。

Metal Hammerの策略

KerrangとMetal Hammer、共に似たような構図でBABYMETALを持ち上げているように見える。しかし、以下のような流れを見ると、Metal Hammerの方が、何がなんでもBABYMETALをスターにするという意思が働いているように思える。

  1. 読者投票の項目にノミネートする
  2. 表彰式の余興への出演を発表する
  3. ROTRの妙な提灯記事を書く
  4. ROTRのパーフォーマンスに最高点をつける
  5. 表彰式におけるDragonForceとの共演を発表する
  6. Downloadにサプライズ出演。DragonForceと共演させ、その経緯をレポートする
  7. 表彰式

このうちDownloadへのサプライズ出演は、かなり白々しい計画されたハプニングだった。

私は知らなかったが、Downloadのプロモーターは去年、BABYMETALが出演することは永遠にないと言ったらしい。それにBABYMETALのファンが誰が出演してやるものかと大いに反発した。

そのプロモーターが当日、「さっきからBABYMETALがうろうろしているけど、何が起きるんだ」とツイートした。これが当日の昼ごろ。それを機にBABYMETALがサプライズ出演するのではないかと、現地で噂が駆け巡る。彼女たちもサングラスやTシャツを持って写真を撮って(後で分かるが幕張で売るグッズだった)、その模様を頻繁にインターネット上で露出する。例によって共演者*3との写真も撮るが、それが即座にツイートされる。彼女たちのDownloadでの行動が、中継のように逐一報告されるのだ。そして最後にDragonForceのステージへの飛び入りにつながる。

この一連の出来事には筋書きを書いた人間がいる。それは、Metal Hammerの記者(狐神の好きな奴)に違いないと私は考える。

何故ならば、これを計画するためには、金曜日にBABYMETALがイギリスにいることを知っている人間でなければならない。さらに、月曜日にDragonForceと共演するためにリハーサルをする必要があることも認識し、かつDownloadのプロモーターにも顔が効く人間でなければならないからだ。実際、Metal Hammerはたった数分間だけ出演のBABYMETALを、金曜日のDownloadレポートのカバー写真に使っている。

プロモーターとしては、去年つまらない事を言ってしまったと少しだけ後悔しているところへ、うまい話が持ち込まれたわけだ。彼は後で、BABYMETALはノーギャラだったと言い訳しているが、実際そうだったのだろう。BABYMETAL側としても、CDが売りだされた直後でできるだけ露出を増やしたいところだ。どうせロンドンに居るのだし、リハーサルも必要なのだからノーギャラでも十分にメリットはある。ついでに、来年の出演についても交渉したのだろう。「今年ノーギャラで出演してくれたので、来年はメインステージに招待するよ」とくれば両方の顔がたつ。

Metal Hammerの抱える深刻な問題

Metal Hammerは何故、こうまでしてBABYMETALを持ち上げるのか。

それは、Metal Hammerが深刻な問題を抱えているからである。

英語版のWikipediaMetal Hammerの項を見ると、Metal Hammerの発行部数は35259部であると書いてある。Metal Hammerは月刊誌で年13冊発行される。価格は1冊あたり4.75ポンド(イギリス国内、国外は8ポンド)、amazon.co.jpでは1500円ほどで売っている。ちなみに、Kerrangの発行部数は30300部。こちらは週刊で、価格は1冊あたり2.2ポンドである。

このデータだけ見れば2誌の売上は、Kerrangが7億円程度、Metal Hammerが年5億円程度である。出版部の社員数が10人程度とすれば*4、まあまあ儲かっているように見える。

ところが、このWikipediaのデータにはからくりがある*5。Kerrangが2014年の統計であるのに対し、Metal Hammerのデータは2011年の統計なのだ。

そこで、Metal Hammerの2014年のデータを探したのだが、うまく手に入れることができた。ところが、そこに書かれていた昨年の平均発行部数はなんと、24552部であった*6。3年間で実に30%も発行部数が減少しているのだ。売上高は3億5千万円ほどにまで減っている。

原因

この原因はいくつか考えられる。

  1. ヘビーメタルのコンテンツとしての魅力の低下
  2. ヘビーメタルファンの高齢化
  3. 雑誌媒体の役割低下

なかでも私は、ヘビーメタルというジャンルが、魅力を失いつつあるのではないかと考える。メタルをロックの一部と考えるのか、ロックとは別のジャンルと考えるのかはともかくとして、明らかにロックの方が歴史が長い。にもかかわらず、Metal Hammerの姉妹紙「Classical Rock」は未だに、50000部以上の発行部数を誇る。45年前に死んだジミヘンを今でも表紙に使っている雑誌の方が、倍以上の発行部数なのである。

Metal Hammerはメタルで行くしか無い

Kerrangと比較してMetal Hammerの不利は、「Classical Rock」と「Prog Rock」という姉妹紙を抱えているところにある。つまり、Rockの方へ手を伸ばすことが、姉妹紙との関係で難しいのだ。Gene SimmonsやBrian Mayを表彰式に引っ張りだしたのは、ぎりぎりの努力なのだろう。

だから、彼らにとって共に「METAL」を名に背負ったBABYMETALの登場はありがたい。ファン層の高齢化という、どうしようもない問題を解決してくれるのではないかという期待がある。黒ばっかりだったカバー写真が華やかになる。雑誌媒体の最大の敵であるインターネットから登場したという点も心強い。

BABYMETALは、Metal Hammerの欠けているパーツを埋めることができるのだ。

そんなにうまく行くのか?

残念ながら、Metal Hammerの期待はうまくいかないだろう。

BABYMETALは、メタルを背負うことはできない。

ジャンルを背負うということは、後から続くバンドが出てくるということである。だが、BABYMETALは自らも公言しているごとく、唯一無二の存在である。真似ようとしても真似ることはできない。

悪い予想をすれば、BABYMETALのファンは増えてもヘビーメタルは沈滞する?

*1:ロックミュージックが反体制の象徴であった時代の人間からすると、ロックに「権威」がつくのは気持ちわるい

*2:実際に喜んでいたのは、少女よりも親父たちの方だろうが

*3:この段階では出演するという発表がないから、共演者とは言えない

*4:BABYMETALがKerrangを訪問した特番の映像から推定すると、多くても20人はいかない

*5:意図的かどうかは分からない

*6:BABYMETALの記事が載った2014年9月号は前月より大幅に伸びて、その年3番目の売上だった