Kim Kellyの異常な愛情、または、彼女は如何にして心配するのを止めてBABYMETALを愛するようになったか

これは、昨年の5月にNoiseyのサイトに載った記事の翻訳だ。インタビューに入る前までの訳は出来ていたが、インタビューになってから嫌になって、長いあいだ放っておいた*1。今回、在庫整理のつもりで公開することにしたのだが、その動機のひとつは、Kim Kellyが記事のタイトルにこめた意味に気づいたからだ。


ヘビーメタルのライターは、記事のタイトルを映画のタイトルと引っ掛けることが好きなようだ。

Metal Hammer 273号のカバーストーリー「When Worlds Collide」も1951年の映画のタイトルを流用したものだ。この映画の日本語タイトルは「地球最後の日」である。これは、原題から離れて映画の内容を日本版タイトルにしたものだ。だが、BABYMETALの記事のタイトルとしてこれを使ってしまったら、記事の意味が全く分からなくなる。そのため、私は翻訳記事のタイトルを「ふたつの世界が衝突するとき」にした*2

これに反して、Kim KellyがNoiseyに書いた記事には、映画の日本語タイトルがそのままの形で見事に嵌ってしまう。彼女の選んだタイトルは、"How I Learned to Stop Worrying and Love Babymetal" である。

実を言うと、私は最初、記事のタイトルにまったく感心を払わなかった。それが、翻訳を再開しようと改めてタイトルを意識したとき、これは何だか決まり文句のようなタイトルだなと感じたのだ。調べるとすぐ分かった。スタンリー・キューブリックのブラックコメディー "Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb" だったのだ。この映画には、ほとんど直訳に近い、とても長い日本版のタイトルがついている。

博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」

Kim Kellyは、どうやらタイトルに意味を込めていたようだ。これに対する分析、というより邪推はあとがきで。

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私は如何にして心配するのを止めてBABYMETALを愛するようになったか

Kim Kelly著 2016-05-12 Noisy

日本のポップメタル現象すなわちBabymetal、その裏側にいる3人の少女に膝を交えてインタビュー

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Babymetalの世界に一歩でも足を踏み入れてしまったなら、そのシュールさが身に染みて分かるようになるだろう。Su-metal、MoametalとYuimetalは、私の真向かいに座った。彼女たちのメタリックシルバーと黒のステージ衣装が輝き、彼女たちの明るく好奇心旺盛な目にはコールが引かれている。彼女たちの小さな体が大きな赤いカウチの端に収まり、手は澄ましげに重ねられ、真紅のチュチュが優雅に盛り上がっている。紹介がすむと、通訳が位置につき、私は承認済みの質問リストにとりかかった。私は、表向きはあくまでも通訳の仕事を軽減するという理由で、それを予め送るように要請されていた(そうは言っても、経歴についてのふたつの質問を削るように言われた。Babymetalはキャラクターを壊さない)。普通なら私はそんなことはしないのだが、言葉の壁を理由にして、それを例外とした。それほどまでに、私はこのインタビューに興味をそそられていて、いくつかの譲歩も喜んで受け入れたというわけだ。既に伝えていたように*3、気持ちの良い、まじめで、とても気遣いのできる女の子たちだった。私が質問をする度に、3つの小さな顔は私を一心に見つめ、誰が担当するのかを決めると、答えが用意され、通訳を通じて伝えられた。

その間ずっと、五・六人の大人たち ー マネージャー、メイクアップアーティスト、そして、バンドのプロデューサーであるKobametal。時にはインタビューに応じるこの男に対して、今回の私は話をすることが許されなかった*4 ー が、うしろで遠慮がちにぶつぶつ言っていた。彼らは邪魔をすることは無いものの、そうかと言って出て行きもせず、ずっとそこに居すわっていた。それでも、女の子たちは周囲の出来事には一切惑わされず、ひたすら、その場の仕事に集中していた。こんなことは、彼女たちにとっては日常茶飯事だ。Babymetalプロジェクトの一員となることを承諾した ー 神話では、狐神の命令になっている ー その日から、彼女たちが組み込まれてしまった大きな機械の中では、それは必要不可欠なことなのだ。最初に受けた印象からすると、彼女たちはとても楽しそうだった。彼女たちの目は輝き、ちょっと間が空くとクスクス笑う。傍目から見ても、通訳との関係は親密で、気持ちよさそうで、愛情に溢れていた。彼女たちは私をすっかり魅了してしまった。正直に言うと、気まずくて堅苦しい出会いを予想していた。だが彼女たちは、もう何度も繰り返したであろう答えにも真剣に取り組み、とても大切なことであるかのように振る舞ってくれたのだ。最後には、私はしっかり彼女たちの味方になっていた ー #BabymetalHive*5の一員には決してならないにしても、Twitter上で彼女たちを守るぐらいはやらせてもらったよ。雄弁な2016年になりそうだ。

日本のポップメタル現象、BABYMETALの背後にいる3人の早熟な十代の女の子にインタビューしたことは、私の十年を越えるキャリアで、最も奇妙な経験のひとつだった。それはひとつに、私がいつも取り上げる一連のバンドに比べると(注目度が徐々に上がってはいるものの、エクストリームメタルはまだ、ビッグではない)、彼女たちは圧倒的に人気があることだ。日本で大きな存在であるだけでなく、合衆国をも征服してしまった。間もなく始まる北アメリカのツアーは大半が売り切れ、最新のアルバムMetal Resistanceは、ビルボードチャートを壊滅した。彼女たちはとても多くのファンに崇拝されている。彼らは、Babymetalの教義を広く遠くへと伝えることに身を捧げている。彼らのBabymetalとバックバンドへの熱烈な愛は、大衆による崇拝という意味では#Beyhive*6に匹敵するものだ。私は、ひと月ほど前にBabymetalの女の子たちとの写真をツイートした時に、そういうレベルのファンダムというものを味わってしまった。それからというもの、Babymetalファンのアカウントから、リツイートとお気に入りが増え続けている。私が彼女たちの演奏を初めて見たあとに書いた、ノリの悪いレビューを覚えていた連中は、まだ私に腹を立てているか、私のこのバンドに対する見方が和らいだことを喜んでいるか、そのどちらかだ。

Babymetalのファンが、彼らのアイドルを愛する強さと言ったら、それには驚いてしまう。BabymetalによるJポップとスラッシュがかったニューメタルの混成物が、いかにメタルの鉄の門をこじ開けてきたかという事実を考えにいれなかったら、ときにはその強さに引いてしまうほどだ。それがまた、彼女たちが嫌われる所以でもある。彼女たちの音楽を最初に聴いたときには、私も我慢できなかった。ブラストビートとブルース基盤のリフに慣れた耳にとっては、彼女たちのブレイクアウトシングル「Gimme Chocolate!!!」は、とても耐えられないものだった。メディアの媚びへつらったような反応も ー 出版界は一斉に、彼女たちをエキゾチックなものとみなして殺到した ー かなり私をうんざりさせた。だが、彼女たちのライブを見た時から、私は彼女たちのスキルに敬意を抱くようになった。ただ、彼女たちのライブショーにおける誇張と壮観を否定することはできないとは言え ー 生きている目玉をもっているなら誰でもそうだろう ー やはりバンドに会うまでは、その本当の魅力は分からないものなのだ。

男が支配する業界で*7、Babymetal ー 3人の若く、勤勉で、才能に溢れる、有色人種の女性 ー がスタジアムを一杯にし、船一杯の商品を売っても別にいいではないか。その業界は彼女たちの存在によって大混乱なのだが、彼女たちを中傷する連中は、メタルの長い歴史が実験とジャンルの混ぜあわせの繰り返しであったことを忘れているようだ。こう言えば十分だろう。私は、今Babymetalのアルバムを聴くためにここに座っているわけではないにしても、少なくともサイドラインから彼女たちに声援を送るようにはなったのだ。

先に言ったように、私たちは通訳を介して話をしたため、少しばかり靴の上から足を掻く感があるものの、それでも私は、幾度かは彼女たちのキャラクターを破ることができ、彼女たちの深層に迫れたのではないかと自負している。そこにいるのは、スタジアムときらめきに散りばめられ、問われるやいなや即座にIron Madenへの愛を語る、大冒険の中にある3人の若い女の子だった。彼女たちに初めて会ったときに私が書いたように、君たちは君たちの道を行けばいいんだよ、BABYMETAL。君たちは君たちの道を*8

Noisey: 初めてBABYMETALに参加したときは、どんな感じだった?このバンドの背後にあるアイデアの、どの当りに興味を引かれたの?あなた達に、何が「これに参加したい」と思わせたの?

たぶん、あなたが期待してる答えと違うとは思うけど、Moametalはこう言ったわ。彼女たちは狐神に選ばれてBabymetalになった。狐神はBabymetalを支配し、彼女たちがすることに啓示を与える。だから、彼女たちは特別の選ばれた存在であり、彼女たちの役目は、狐神が語り命令したことを実現することだと*9

OK。分かった。それじゃ、あなた達は今、BABYMETALでいて、メタル世界で数年を過ごしているのだけど... メタルヘッズやメタル世界について知ったことの中で、一番興味深かったことは何かしら?

Yumetalが言うには、彼女が初めてメタルに出会ったとき、本当に初めてのことだらけだった。だけど、メタルから学んだ一番大きいことは、音楽を通してなら、様々な場所から来た様々な人々と合い通ずることができるということ、つまり国境がないということ。それは何処までも、ずっと広がっている。だからこそ、彼女はメタルをもっともっと学んでいきたいと思っている。今まで考えたこともなかったような多くのことに出会えたのも、そして今も新しいものに次々に出会っているのも、メタルのお陰だと彼女は感じているから。Babymetalとして何をやって行きたいか、彼女には望みがある。彼女たちがそうであったように、まさかそんなことに興味をひかれることになるとは想像もできなかったようなものに出会える機会を、他の人にも分け与えて行きたいということだ。彼女たちは、それをメタルから学んだ。


私たちも、そう思う人が多いと思うよ。あなた達の新アルバムについてだけど、面白いと思ったことのひとつに、「The One」は初めて英語で歌ったよね。別の言葉で歌うというのは、どんな感じだったの?

Su-metalが言うには、英語で歌う理由のひとつは、世界中のファンと直接につながりたいと思ったこと。だから、「The One」の歌詞も、音楽を通じて皆がひとつになることを表している。もうひとつの理由は、彼女達は常に何か新しいことに挑戦したいと思っていること。彼女が言うには、このレコーディングはとても難しかった。正確に発音するのはとてもたいへんだった。簡単ではなかった。だけど、そんなときはいつも、彼女たちのショーの中で海外のファンが一緒に日本語で歌ってくれたことを思い起こす。彼らがみんな勉強してくれたんだから。それを思うたびに、頑張らなければという気力が起きる。英語の歌をしっかりと伝えられるように。いまになって(この歌に対する海外のファンの)反応をみると、悪くはなさそうだ。

スタジオではどんな風だった?ずっと閉じこもって、いろんなことをやったのかな、それともボーカルと歌詞だけに集中したのかな?

彼女たちが新アルバムをリリースすることを知ったのは、去年の年末12月の横浜アリーナでのコンサートだった。ショーの最後にアルバムを出すことが発表された、まさにそのときだった。そのときに初めて何もかもを知らされたので、「ええっ、時間があるかな?4月1日にリリースするんだから、もうあまり時間がないよね」のようだった。それで彼女たちは少し不安になって、どうしていいか分からなかった。それでも新しい曲を聴いて、アルバム作りを一緒にやり出して、出来上がってきたメロディーを聴いたら、Yuimetalは、どの曲もとてもすごくて、きっとみんなが楽しんでくれるだろうと思った。Babymetalの曲がこうやって出来ていくのだなと学んだ。だから、新アルバムを録音したことは、とても楽しい経験となった。

録音中で一番たいへんだった曲は何だった?「The One」がボーカル的には挑戦だったと言っていたけど、他にもたいへんだった曲はあるかしら?

Su-metalとしては、彼女が言うには、いちばん録音が難しかったのは「Tales of the Destinies」だった。と言うのも、テンポが通常の4ビートでも8ビートでもなく、半ビートとか1/4ビートみたいだったから。だから、曲の全体を通じて一定のテンポというものがなかった。だから、とてもハードで、クリックが鳴っていても、合ってるのか間違ってるのかがわからない。曲の感覚をつかむのに精一杯で、だからレコーディングは本当にたいへんで、心配で「ライブでは、どうなってしまうのかな?」と考えてしまった。いつかやってみたいけど、簡単ではなさそうだ。

今回、スタジオで何か新しく学んだことがあったかな?

Su-metalとしては、彼女がレコーディングの過程で思ったのは、歌というのは生き物だということ、それは常に形を変えていくから。今日はこういう風に歌っても、明日になると、突然、こっちの方が良いと思ってしまう。ほんとに生きているみたいに感じる。だから、単に技術的なことではなくて、そのことをレコーディングの過程から学んだ。つまり、日ごとに歌う度に歌が成長して、それは、常に運動し、変化する生き物のようだということ。


あなた達は先程、「The One」にふれたとき、アメリカのファンとシンガロングしたいと言っていたんだけど、こっちのファンと日本のファンでは、どんな違いがあるのかしら?

Moametalが言うには、時々とても面白いと思うことがある。ファンの人たちは、みんな日本語でシンガロングしてくれる。こっちの人たちはSu-metalとシンガロングするのだけど、日本ではそんなことがない。日本のファンは、YuimetalとMoametalのパートを一緒に歌う。それが大きな違いだと気づいた。だけど、そんな違いはあったとしても、どの場所でも観衆がいつもすごいので、コンサートがいつも楽しい。経験することが全て、私たちには驚きに満ちていて素晴らしい。

さて、アメリカ人はリードシンガーだけに注目することが多いのだけど、それは日本のポップではグループ全体なのとは違っているよね。それが、こっちでSu-metalが注目される理由だと思わない?

彼女たちは、そういう文化的な違いは分からない。そうかも知れないけど。(女の子たちは、驚いたように話し合っていて、こういう見方にびっくりしているようだ)。

あなた達は、たいへん論争の的になるバンドだよね。多くの人はあなた達が大好きだけど、受け入れてくれない人たちもいる。Babymetalを嫌いな人を振り向かさせたいとは思っていないの?。それとも、あなた達を擁護して愛してくれているファンに集中することの方が大事だと思っているの?

Su-metalとしては、人はみんな何を考えようと、それは自由だと思っている。だからそういうこと、彼女たちのやり方を受け入れられない人たちや、彼女たちをメタルではないと考える人たちがいることも、彼女たちは十分に分かっている。だけど、彼女はそれでいいと言っている。彼女には彼女の考えたいように考える自由があるから、彼らも彼らの考えたいように考えることができる。それはそれとして、こういう人たちが居るのも大事なことだと感じている、それも勉強だから。こういう人たちが居て、そういう音楽に対する見方を受け入れるのも大事なことだと教えてくれている。やっていることをみんなに愛してもらう必要はない。みんなをBabymetalのファンやサポーターにしてやろうなんてことはしない。Babymetalの音楽が好きな人だけで十分だ。誰かに彼女たちの音楽を強制することはしない。

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メタルヘッズの中に、あなた達を恐れる人たちがいるのは何故だと思う?

Su-metalは、彼女たちが最初にメタルに対して抱いた反応と、これは全く同じだと言っている。彼女たちは最初にメタルを聴いたとき、「神さま、これは何?」みたいで、恐ろしくて、暗くて、大きな音で、それはエイリアンみたいだった。メタルファンがBabymetalに抱くのも、たぶん同じことなんだ。彼らにとってはエイリアンなんだ。ステージでダンスするメタルバンドなんていないし、私たちがステージで着るような衣装を着ているメタルバンドもいないし、Babymetalみたいな音楽を作るメタルバンドもいない。だから、それは彼女たちの反応と全く同じことなんだ。彼女たちにとっては、新しいもの、他とは違ったもの、類をみないものに出会ったんだから。彼女たちがメタルを全く知らないときに、彼女たちにメタルが与えたことと同じことなんだ。

あなた達の衣装についてだけど、ビジュアル的な要素は、どれだけ重要なんだろう。

それは、とても大事なことだ。Yuimetalが言うには、彼女たちは特有の外見をしているけれど、ビジュアル的な表現の背後に特有のテーマがある。彼女たちの衣装も同じことで、見たように黒と赤だけど、これは可愛らしくてきれいなものと、メタルみたいなヘビーでハードなものの融合を表している。黒はそういうものを、赤はグループとしての彼女たちのような、より女性らしいことの表現だ。だから、彼女たちにとってビジュアルは大事なことで、Babymetalとしての彼女たちのメッセージなんだ。

まるでメタル戦士がゴシックロリータに出会ったみたいな見かけだからね。着るもので表現することがあるの?

そう、将来どのような衣装を着たいか、彼女たちが話し合うこともある。今回の彼女たちの衣装は黒が多くて、前は赤が多かったんだけど、これは彼女たちが成長して大人になってきたことの表現なんだ。少しずつだけどね*10。だから、これもBabymetalの要素なんだ、彼女たちが前のアルバムから2年間で、どれだけ成長したかを見てほしいということなんだ。ツアーを経験して、彼女たちはとても多くのことを学んだ。Bebymetalの外見も含めて、彼女たちはいろんな面で成長したということなんだ。

あなたたちはこの数年、ツアーでたくさんのクールな人たちと出会ってきたよね、Lady GagaとかMetallicaとか、次には誰と会いたいの?

(女の子たちみんな) Iron Maiden!

私は彼らと会ったばかりだよ

どこで?

マジソンスクエアガーデン

(女の子たちみんな)ええーーー! (呆然として)あー、見逃した!

彼らは長いツアーの途中だから、どこかで会えるよ!

そうね、彼らは日本へもたぶん来るから、日本で会えるよね*11。Yuimetalの答えに戻ると、彼女が言うには、あなたが言うように、MetallicaからLady Gagaまで、たくさんの人々に会ってきた。その人々と話したり、一緒に写真を取ったり、ステージ裏から観たりした。それらは全て素敵な出来事だった。だけど、彼女にとっての一番は、Ariana Grandeと会ったときだった。彼女はずっと前からAriana Grandeのファンで、テレビ画面でもパソコンの画面でもなく、生で彼女に会えたのは素晴らしいことだった。彼女が言うには、Ariana GrandeがBabymetalの存在を知っていたと分かったときには、それはびっくりした。あの瞬間はけっして忘れることはない。それはそれとして、彼女たちが会いたいと思っているのは、いま言ったんだけど、Iron Maiden。

あとがき

Kim Kellyがタイトルに込めた意味はふたつある。そのひとつは、Kim Kellyaは最初、BABYMETALを恐れていたのだが*12、ついにはBABYMETALを愛するにいたったということ。これは、誰の目にも明らかだ。

そして、もうひとつは私の邪推なのだが、Kim KellyのBABYMETALに対する愛情が「異常」であるということだ。もちろん、「異常」というのは日本語版のタイトルであって、本来は「奇妙」とするべきなのだろうが。

そのことを表わすのは、原題では"Dr. Strangelove or:"の部分だ。だが、Kim Kellyはそれを省いている。それは、わざとやったのだ。

おそらく、Kim KellyはLGBTなんだと思う。だが、今どきアメリカでLGBTを異常などというのは、キリスト教関係者に支持された保守派の共和党議員ぐらいのもので、まして本人がそう思うわけがない。彼女が異常、あるいは、奇妙だと感じたのは「ペドファイル」ということだ。

以前の記事でも扱ったが、アメリカではBABYMETALのファンのことをペドフィリアと罵ることがあるらしい。ペドフィリアは、精神的疾患のひとつで幼児性愛症のことだ。ペドフィリア(pedophilia)は症例としての呼び方で、その患者はペドファイル(pedophile)である*13

冒頭のBABYMETALと一緒の写真を観ると、Kim Kellyは明らかに顔が赤い。正確に言うと、顔が赤いと表現されるような、恥ずかしそうな笑顔をしている。とても、コワモテのヘビーメタルライターの印象ではない、思春期の少女のような顔だ。

Kim KellyのBABYMETAL(の誰か)への愛情は、一目惚れのようなものだった。そして、それに気づいたとき、アメリカ人の目からすると子供のように見える女の子を愛する自分をペドファイルだと思ったというわけだ。その対象がYuimetalなのかMoametalなのかについては、しかとは分からないのだが。

*1:あまりに通訳がひどいので。通訳というより要約だ。しかも同じことを繰り返したり、接続詞が反対の意味だったり。BABYMETALの喋った日本語の雰囲気は、100%消失していると断言できる。意地悪なKim Kellyは、それを会話らしい文章に戻すことをせず、通訳の言葉をそのまま載せたようだ。通訳が3人と仲の良いことに嫉妬したのかも知れない

*2:原題にある「Worlds」は「2つの惑星」という意味なのだが、Eleanor Goodman記者は、これを文字通り「2つの世界」として使っている。この「2つの世界」は、記事中で「BABYMETALファンとへイター」、「ポップとヘビーメタル」、「メタル改革派と純粋主義者」、「東洋と西洋」など様々な意味で使われている。Eleanor Goodmanは、様々なニ元論あるいは対立を持ち出して、BABYMETALがヘビーメタルの世界に与えた衝撃を表現しようとしたのだ。だから、この記事を翻訳するなら、そのタイトルは「地球最後の日」ではなく「2つの世界が衝突するとき」でなければならなかった

*3:Twitter

*4:小林は、Kim Kellyを怖がっていたのだろう

*5:後で出てくる#Behiveをもじったシャレ。Twitter上のBABYMETALのファン組織のことを指しているのだろう

*6:BeyonceのファンによるTwitterアカウント。https://twitter.com/beyhive

*7:本来は「白人の男が支配する業界」としたかったのだろう。その証拠に、後の文でこれと対になる「有色人種の女性」という表現を使っている

*8:「You do you, Babymetal. You do you」。以前のなかば批判的記事なら、「君たちは君たちの勝手にすればいいさ」などと訳するのだろうが

*9:この辺りの答えは本当につまらない。いい加減にしないと、メディアにも愛想をつかされる

*10:適切なことではないが、通訳が自分の考えを述べている。通訳からすると、彼女たちはずいぶん子供に見えるらしい

*11:通訳の言葉なんだろう

*12:ヘビーメタルの脅威として

*13:このごろ、アメリカのテレビドラマで「ペドファイル」というのを何回か聞いた。それは、精神的疾患というより、ちょっとからかったような言い方だった。つまり、日本語の「ロリコン」に近いような言い方だったのだ。ちなみに、ロリータ・コンプレックスは、ほぼ和製英語

二作目の呪い、Phoebe Snowと山本彩

二作目の呪い。英語で"sophomore curse"。

"Sophomore"は、大学や高校の2年生を表す名詞である。転じて、形容詞として使われる場合は「ふたつ目」という意味になる。ギリシャ語の「叡智(Σοφια)」から派生した語のひとつである。

この"sophomore"が"album"に付くと、「二作目のアルバム」を表わす。ヘビーメタル関係の記事では、"second album"よりこっちの方が好まれるようだ*1。BABYMETALの「Metal Resistance」の記事でもよく出てきた。

"Sophomore album"という仰々しい表現が存在するのは、ひとつには二作目のアルバムが特別の意味を持っているからだろう。ファーストアルバムで話題になったミュージシャンが一流として評価されるかどうかは、2枚目のアルバムの出来に掛かっている。それにも関わらず、多くの場合、2枚目のアルバムはファーストアルバムの評価を超えることができない。

だから、二作目には「呪い」がかかっているのではないかというわけだ。

Phoebe Snowの場合

Phoebe Snowの同名タイトルのファーストアルバムは、アメリカで100万枚以上売れた。だから、2枚目に期待がかかるのは当然だ。だが、「Second Childfood」は期待ほどのセールスは得られなかった。

https://www.amazon.co.jp/Second-Childhood-Phoebe-Snow/dp/B0012GN2HE/ref=sr_1_7?ie=UTF8&qid=1507000132&sr=8-7&keywords=phoebe+snow

Phoebe Snowの名前を思い出せなかったぐらいだから、記憶はかすかだが、私も「Second Childfood」を買ったように思う。たぶん、発売を待ち焦がれていたのだ。そして、たぶん、がっかりした。

だが、いま「Second Childfood」を聴き直してみると、悪いアルバムではなかった。ファーストよりジャジーになっているが、Phoebeの大きな波のようなビブラートは健在だし、心地よい高音にひたすら癒される。当時、何故がっかりしたのだろう。

ひとつには期待が大きすぎた。これは私だけではない。そもそも、アメリカのミュージックシーンが大きな期待をかけていたのだ。Phoebe Snowはスーパースターになることを期待され、そしてそれは、なかば約束されていた*2

もうひとつの要因は、おそらくPhoebe Snowが多才すぎたのだ。どんなジャンルの音楽でも歌うことが出来る。だから、プロデューサーは彼女の本質を見誤ってしまった。Phoebeはジャズシンガーではなかったのだ。

山本彩の場合

山本彩の"sophomore album"は、明日、発売される。大きなレコード店には、今日の段階で並んでいる。どうも評判が良いらしい。

だが、私は一抹の不安を持っている。その不安は、阿久悠の作詞による「愛せよ」に端的に現れている。この曲は、いきものがかり水野良樹が出演したNHKのドキュメンタリー番組の最後に、山本が歌ったものだ。だから、既にフルコーラスを聴いている。

番組としては、とても面白かった。水野が、阿久悠の関係者に彼の人となりを聞き歩きながら、作詞家としての阿久悠の意味を現代に問い直すという主旨だ。その物語の結論として、彼の残した未発表の詞に水野が曲をつけた。だから、番組中のそれまでの布石が全て、山本の歌う「愛せよ」に集約されてしまった。

彼女は見事に期待に答えた。番組は明治神宮の森を眺める水野の後ろ姿に、山本の見事としか言いようのないフェイクをきかせたエンディングが重なる。感動的なラストシーンだったのだが。


彼女は十分過ぎるほど上手かったではないか。何が悪いのだ?


いや、それが悪いのだ。上手すぎるのだ。もっと言うと、歌が上手いことを前面に出しすぎるのだ。

もちろん、彼女を責めることはできない。いつもの水野らしくない*3阿久悠の頑固さに魅入られたような、単調なコード進行とそっけないアレンジは、山本に自分で何とかしろと言わんばかりなのだから。

だが、これでは、Phoebe Snowと同じではないか。どんな曲も水準以上に歌えるから、何でも歌わせる。彼女なら何とかしてくれるだろう...

それは、最後に彼女の個性を消してしまうのだ*4。「identity」というタイトルの意味が皮肉にならないことを、切に願う。

*1:ヘビーメタルのライターは、一般人が知らない単語を好んで使う

*2:Phoebe Snowは、結果的にスーパースターにはならなかった。だが、その主たる原因は彼女の健康と家庭的な問題であって、セカンドアルバムは大きな要因ではなかったのだが

*3:それほど水野のことを知らないのだけどね。しかし、番組の中のやり取りを聞いただけでも、彼が秀でたアーティストであることは分かる。私でも聴いたことのある、よく知られた彼の曲は、どれも素晴らしい

*4:山本彩は、本質的にR&Bシンガーだ。日本人では彼女にしか聴いたことのないレイドバックビート。昭和の歌謡曲をうまく歌えるからと言って、それは彼女の本質ではない

Phoebe SnowとSan Francisco Bay Blues

「San Francisco Bay Blues」というのは妙な曲で、ブルースという名がつくのにブルースではない*1

私はカントリーソングのように思うのだが、Wikipediaにはフォークソングと書いてある。カントリーかフォークかなんて、区別があってないようなもので、どちらでもよいのだが、とにかくそう言う曲なのだ。

Eric Clapton

ところが、Claptonがブルースのスタンダードを集めた「Unplugged」の中でこの曲をカバーしているから、また話がややこしくなる。でも、下のClaptonのライブを観ると、やっぱりブルースでなくカントリーだ*2

このライブは1992年、アルバム「Unplugged」の発売に合わせて行われたもののようだ。このころになると、歌だけはやめてくれとファンが泣いて頼んだClaptonも、元からのブルース歌手のようになっている。知らない人が聴いたら、この歌手はとてもギターが上手いね、と思うかも知れない。本人にとっては、歌を歌うのは精神的に安定するのか。ドラッグ中毒から立ち直れたのも、そのお蔭かも知れないのだから、我々は、歌の合間に彼のギターソロを聴けるだけで満足するべきなのだろう。

Claptonは、グラミー賞1992年のアルバム・オブ・ザ・イヤーに加えて、なんと、最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞をもらっている。

Peter Paul & Mary

「San Francisco Bay Blues」は、Clapton以外にもPP&MやDylan、MacCartneyといったビッグネームがこの曲をカバーしていることからすると、アメリカではとても人気がある曲のようだ。私は、その中ではPP&Mのやつが一番良いと思う。子供のころは、PP&Mなんておっさんとおばはんが何を呑気に歌っているのだと思っていたのだが、落ち着いて聴いてみると、やはり良いものだ。

このビデオでは、「San Francisco Bay Blues」の原作者であるJesse Fullerについて、Paul Stookeyが語っている。Fullerは、いわゆる「one-man band」の演奏家だった。ビデオの中でPaulが口真似している「ボン、ボン」という音は、足踏み式のウッドベースで、ピアノのように弦をハンマーで叩くようになっている。この楽器には「Fotdella」という名前がついているのだが、Fullerの発明品らしい。Fotdella以外に、やはり足踏み式のシンバル、そして12弦ギターを抱えブルースハープとカズー*3をぶら下げながら歌うのが、Fullerの「one-man band」なのだ。

Phoebe Snow

「San Francisco Bay Blues」を取り上げたのも、結局、Phoebe Snowがいかに天才であったかということを言いたかったのだ。

下に上げたのはライブ音源ではなく、だれかがレコードから採ってスライドショーに仕立てたものだが、とにかく、上のふたつとは全く違う曲になっていることがお分かり頂けると思う。

ClaptonとPP&Mのはカントリーだが、Phoebeが歌うと、文字通りブルースと言ってもよい曲になってしまっている。ただし、ブルースと言ってもPheobe Snowのブルースという独自の世界だ。他の誰もが真似をできるものではない。それを、20代半ばのまったくの新人が作り上げてしまったのだ。

Pheobeは4オクターブの音域を持つ言われていたが、それよりも何よりも、この大袈裟にも思えるビブラートと心地よいファルセットが生み出す至福の境地。おまけにギターが上手い。それは「山本彩はギターが上手いね*4」というのとは根本的に違う。例えるなら「ブルース歌手のエリックさん*5」ぐらい、つまり最上級に上手いのだ。この曲でも、伴奏はウッドベースと彼女のギターだけで、Phoebeの世界が出来ている。

こんな天才だから、ミュージックシーンも放っておかない。

「San Francisco Bay Blues」は、前の記事で紹介した彼女のファーストアルバム(タイトル「Phoebe Snow*6)に収録されているのだが、このアルバムには、Zoot SimsやTeddy Wilsonといったジャズの大立者、Bob JamesやDavid Brombergという腕利きセッションミュージシャン*7が参加している。彼女はこの後すぐに、Jackson BrownePaul Simonのツアーに参加したり、Paul Simonとはデュエット曲まで出した。

ミュージックシーンの大立者に好かれるところは、現在の山本彩に似てなくもない。結局、それは彼女たちの才能が愛されているのだけど。

*1:淡谷のり子の「別れのブルース」がブルースでないのと似たようなものか

*2:その証拠にウォッシュボードも演奏に加わっている

*3:このビデオの後半、3人ともにカズーを吹いている

*4:山本彩ストロークの弾き語りはとても安定しているが、ピッキングはあまり上手くない

*5:もちろん、Eric Claptonのことですけどね。ただ、私などはClaptonのギターが上手いとは、実際には思っていない。と言うより、Claptonのように弾けるギタリストを上手いと思う。Claptonが価値基準になっているのだ。だから、彼と同世代のギタリスト、例えばCarlos Santanaなどを上手いとは思わない

*6:このアルバムの邦題がサンフランシスコ・ベイ・ブルースだったのはどう言う所以だったか。アルバムの帯にゴールデンゲートブリッジの写真だったか絵だったかが描かれていたのだが、日本のレコード会社は何を考えていたのだろう

*7:この時点では彼らはほとんど無名だったが、その後に名を上げた