Toshlと山本彩
UTAGEというテレビ番組で、X JAPANのボーカリストが山本彩のギター伴奏で「Say Anything」を歌った。私は山本彩が目的で録画していたのだが、身を削るような凄まじいシャウトを聴かされることになった。
Toshlは明らかに声帯を台無しにする危険を犯していた。彼は歌の後、中居正広に問われて「UTAGEで歌わせてもらうのが光栄だ」などと適当なことを言っていたのだが、ひとつのテレビ番組のためだけにそんなリスクを取るだろうか。
私にはその原因が、澄んだ眼で隣の彼を見つめていた、セッションの相手である黒髪のギタリストにあるように思えた。気に入った女のために精一杯の格好をつけるのは、大人になりきれない男の沙我である。高名なロックシンガーであろうが、近所の大工の棟梁であろうが、それは変わらない。
看板娘を目当てに近所の喫茶店に通う中年男が「ねえちゃん、よう働くから、褒美にワシの歌、聴かせたろか」と言うのに、「ほんま?嬉しいわあ」と娘が答えるのを愛想とも聞かず、「よっしゃ、これでもワシは歌うまいねんで。ねえちゃん、ギター頼むわ」という調子に見えた。
Toshlは「おっちゃんの声、ええやろ」とでも言うようにセッションの冒頭から挑発してきた。だが、Toshlの美声を堪能するに十分な余裕があるはずの山本彩は、素知らぬ顔でやり過ごす。
単音のピッキングにやや難があるように思える彼女も、コードストローク中心のアレンジでは落ち着いたものだ。アップストロークによるリズムの取り方が秀逸で、何よりもアコースティックギターをとても良い音で響かせる。
アカペラパートの後、漸く彼女が反応した。「ぐいぐい来るなあ。ついて行かなあかんかな」という風情で、ダウンストロークはより奔放に、アップストロークはより力強くなる。だが、テンポを上げるような愚は犯さない。あくまでも中心は歌であって、ギターではない。それが彼女の生真面目さであり安定感だ。逆に言えばノリの悪さでもある。
それでも、出番を終えて聴いていた秋川雅史が「(Toshlの)エネルギーを感じ取って、彼女が自分もついていこうというエネルギーにしたあの瞬間、ぞくぞくっときました」というぐらいだから、山本の出来も悪くはなかった。
エンディングはToshlの独壇場だった。彼の声が破れていたのを、昔はもっと高音が出ていたと嘆く連中もいるようだが、それは違う。きれいな声のスクリームなんて若い時だけのものだ*1。最後にはToshlの声は完全に破綻していたのだが、彼は最後まで押し切ってしまった。魂の込められたシャウトだった。
結局、Toshlのこの日の目的のひとつは完遂できたようだった。それは、彼を見つめるギタリストの眼差しが「おっちゃん、ほんまに歌うまいねんなあ。ちょっと涙でてきたわ」と言っているように見えたからだ。
Toshlが伝えたかったこと
もちろん、MCの中居に弄られていた人の良いおっちゃんは、唯のおっちゃんではない。世界最大の音楽フェスティバルである今年のコーチェラで、セカンドステージ*2のヘッドライナーとして、メインステージのヘッドライナーであるBeyonceと「対戦」した*3メタルバンドのリードシンガーなのだ。コーチェラの評判はとても良く、沈滞するロックシーンにおける復活の旗手のような扱いだったようだ。
去年のWembley Arena公演は大成功だったし、ドキュメンタリー映画も異例の大ヒットになった。X Japanは、海外活動に関しては、若いころよりも遥かに成功しているように見える。Loudwireだったか、X Japanはロックの次の世代((日本のではなく、世界の)を育てる義務を負っているという論調さえあったほどだ。
そのX JapanではYOSHIKIばかりが注目されているが、このリードシンガーの存在なくして、彼らの成功はあり得ない。伝統的にロックでは、リードシンガーとリードギタリストの評価で全てが決まる。
Dailymotionでコーチェラの録画映像を見ることが出来る。面白いことに、UTAGEの方が却って、Toshlの気持ちが入っているのではないかとすら思える。そこから推測できるのは、Toshlにはもうひとつの、もう少し真面目な目的があったのではないかということだ。
彼は、Instagramで山本とのツーショット写真に次のようなコメントをつけている。
「山本彩さん、次世代担うアーティストとの感動コラボ。ひたむな思い込めた演奏。大切なこと思い出させて頂きました」
まず分かることは、Toshlは山本のことをとても気に入っているが、それはアイドルとしてではなく、ミュージシャンとしてであることだ。つぎに「ひたむき」という言葉だ。これはひとつには 、彼女のギタリストとしての技量がまだ十分でないことを言っているのだろう*4。それにも関わらず、彼がセッションを十分に楽しめたのは、彼女の音楽に対する真摯な姿勢だったというわけだ。
最も重要なことは、Toshlは、山本が次世代を「担う」と考えていることだ。
では、山本は次世代の何を担うと期待されているのか。それが単なる音楽シーン全体を言っているのではないことは、彼が番組終了後のインタビューで語った言葉から分かる。
「こちらがロックのスピリットを出していくと、それに呼応するようにギターで絡んできてくれるんじゃないか、2人の相乗効果で思い切りパワーが爆発するんじゃないかなと思った。その通りになりました」
彼は、山本が「ロックスピリット」を理解できると信じていたこと、そして、それが正しかったことを言っている。
つまり、Toshlは山本が「ロックシーン」を担うことを期待していたのだ。そして自らがロックシンガーとしての在り方を示すことによって、彼女を育てようとしたのだと考えれば*5、彼ののめり込みようが納得できる。Toshlが喉のリスクを犯してまで伝えようとした気持ちに、山本は、はたして答えることができるのだろうか。
数日前、山本はアイドル稼業を退きミュージシャンに専念することを発表した。このときのToshlとのセッションが、その判断に何らかの影響を与えたと考えるのは、決して穿った見方ではないと思うのだが。