北小路健「古文書の面白さ」

古書を買う面白さのひとつは、偶に当初の目論見とは違った掘り出し物に出会うことだ。ここで紹介する「古文書の面白さ」がまさにそうだった。

https://www.amazon.co.jp/%E5%8F%A4%E6%96%87%E6%9B%B8%E3%81%AE%E9%9D%A2%E7%99%BD%E3%81%95-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E9%81%B8%E6%9B%B8-%E5%8C%97%E5%B0%8F%E8%B7%AF-%E5%81%A5/dp/4106002760

この本のタイトルを見たら、この本が古文書の読み方についての入門書であるように思う人が多いのではないだろうか。私もそうだった。私は一応、古文書読みの初歩ぐらいはできるので、教科書の類はいくつか持っている。だから入門書が特に必要でもなかったのだが、行きつけの古書店で200円均一の日だったから、他の本と一緒に買っておいたのだ。

ところが、この本は古文書の入門書ではなかった。この本は、在野の国文学者である北小路健の自伝兼研究ノートというべきものだ。およそ学者の自伝などというものは退屈極まりないものと相場が決まっているが、この本はそうではない。北小路にとっては不本意だろうが、彼が旧満州の新京*1から大連まで汽車で脱出する際の描写などは、映画「大脱走」のスリルを思い出す*2。それほどに、北小路の文章は面白い。この本は日本エッセイストクラブ賞を受けている。

古文書解読

北小路の文章が面白いのは、ひとつには彼の研究の基礎に古文書解読の技術があるからだろう。国文学者が必ずしも、古文書を読みこなすことに秀でているわけではない。おそらく、北小路ほどの人は、なかなかいないだろう。だから、彼の研究には新たな発見が多い。他の人が見落としていた古文書でも、北小路が読むと新しい事実がでてくるのだ。

例えばこの書の後半部、彼は島崎藤村の「夜明け前」の創作過程を調査するべく、落合宿の旧本陣家を訪れる。そこで彼は旧本陣家の主に三幅対の掛け軸を見せられる。それは幕末の老中、間部詮勝(まなべあきかつ)*3が、この本陣に宿泊した際に作った七言絶句だったのだが、今までそれを見た大学教授や県史編纂関係者は、誰も何が書いてあるか説明してくれなかったそうで、主はおおいに不満だった。しかし北小路は、それを立ち所に読み下し、解説した。その三幅対自体は「夜明け前」に直接、結びつくものではなかったのだが、主はそれに感謝し、それ以降さまざまな史料を北小路に見せることになる。さらには、それが近隣の評判になり、多くの史料を収集できることにつながるのだった。

この一連の研究は、「木曽路文献の旅『夜明け前』探求」として出版され、北小路の代表的な業績のひとつになった*4

*1:現在の長春

*2:人の苦労を面白がるのはどうかと思うが、面白いものは面白い

*3:間部家は、徳川将軍家第六代、第七代の徳川家宣、家継親子に仕えた側用人間部詮房を初代とする。詮勝は間部家第八代当主で、鯖江藩主。大老井伊直弼政権の中枢として、朝廷から日米修好通商条約調印の勅許を得ることに成功するなど、おおいに活躍するが、直弼と対立して失脚する。彼が落合宿を訪れたのは、ちょうど条約調印の勅許を得るために京都と江戸を往復したときで、そのため攘夷派に命を狙われていた

*4:1984年の毎日出版文化賞を受賞している

Debian Jessie から Stretch へのアップグレード

6月17日、Debianの2年振りのメジャーアップデートが行われ、stretch(v9)がstableに昇格した。

wheezy(v7)からjessie(v8)へのアップデートの場合は、initからsystemdへの変更という大きな問題があったためクリーンインストールを行った。だが今回は、クリーンインストールでなくアップグレードでも大きな問題は起こらなかった。

私の関係では、サーバ3機、クライアント2機のアップグレードを行ったので、その手順と問題点を記述する。なお、正確にはクライアントマシン2機はjessie-backportsに設定していたが、そのことによる障害はなかったようだ。

アップグレードは、次の手順で行った。なお、apt-getの代わりにaptitudeを使うことは勧められない。メジャーアップデートの際は避けた方が良い*1

  1. 現状での apt-get update & apt-get upgrade
  2. sources.list を書き換え(jessie から stretchへ)
  3. apt-get update
  4. apt-get upgrade
  5. apt-get update (無駄ではない)
  6. apt-get dist-upgrade
  7. apt-get autoremove (不必要なパッケージを削除する)
  8. 再起動

唯一の問題点*2

当方のサーバはpopサーバとしてdovecotを使用している。今回のアップグレードの直後、クライアントからのpop3sアクセスが出来なくなる問題が発生した。dovecotのログには

pop3-login: Fatal: Invalid ssl_protocols setting: Unknown protocol 'SSLv2'

と記録されていた。これは、/etc/dovecot/conf.d/10-ssl.confに

ssl_protocols = !SSLv2 !SSLv3

の記述があることが原因である。これを以下のように変更する。

ssl_protocols = !SSLv3

SSL3.0はセキュリティーの問題で禁止する必要があるのだが、SSL2.0はOpenSSL1.1で既に廃止されているため、敢えて禁止する必要がない。逆に「!SSLv2」の記述があると、何故か、SSL2.0方式の「ClientHello」を受け入れなくなるのだ。この様式の「ClientHello」は多くのメールクライアントで使用されているので、「!SSLv2」が残っていると接続ができなくなったわけだ*3

しかし、本来必要でないはずの「!SSLv2」が、いまだに有効なのはどういうわけなのだろうか?

異形のアイドル山本彩

彼女のことを良く知らないうちに*1不必要なリンクが張られるのを避けるため、以前の記事では彼女の名前を出さなかった。その後、彼女自身の著書「すべての理由」を含め多くの情報を得ることが出来たので、今回は表題に名前を含めた。

「すべての理由」を読んで、ちょっと驚いた。内容はネット上で得られていたものと大きな違いはなかったのだが、驚いたのはその文章だ。決して手慣れているというわけではないが*2、その記述は極めて論理的で、言いたいことを簡潔に、誰にでも分かる言葉で表現している。よほど聡明な女性なのだろう。


山本彩という人にはずいぶん驚かされる。最初は2016年の朝ドラ主題歌の弾き語り、その声の圧倒的な迫力と、とてもよく響くギターに驚いた。

次に2014年のエレキギターを抱えた「僕らのユリイカ」 *3、こんなにも魅力的なフロントウーマンが、何で自分のバンドを持っていなかったのだろうとため息が出るほど。たぶん、2014年のこの時点で、彼女はある種の頂点にいたのだろう*4

そして、最後は2016年のファーストアルバム「Rainbow」。アイドルが出したアルバムなどと言うと大間違で、とてもプロフェッショナルなアルバムだ。なかでも「心の盾」は、ぴたりとはまったストリングスのアレンジと相まって、完璧なR&Bに仕上がっている。曲の様相に合わせて色鮮やかに声色を使い分ける秀逸なボーカルテクニック。なにげないようだが、本物を感じさせるリズム感。なによりも、よく響く天与の声。古い話になるが、同じ年頃のDiana Rossよりうまいのではないかと思うぐらいだ*5

彼女は元々これだけ歌がうまかったのか、それとも亀田プロデューサーに入念に指導されたためか。一人でそれを身につけたのだとしたらそれは驚くべき才能だし、後者だとしても僅かな期間でここまで仕上げられる能力は並大抵ではない*6。いずれにしても、優れたアーティストであることに間違いない。


そもそも、まだほんの23歳なのに、ほとんど漫画みたいな人生だ。

小学生の時に聴いたAvril Lavigneに憧れ、シンガーソングライターに成りたいという夢を抱く。幸運なことに、中学時代に結成したロックバンドでメジャーデビューを果たす。しかし、それは長続きせず人生で最初の大きな挫折を経験する。夢を諦めかけていた時に、偶々アイドルのオーディションに出会う。アイドルになる気はなかったが、いずれはシンガーソングライターへの道が開けるかと考え、オーディションに応募し合格する。その後はアイドルグループの中心メンバーとして活躍するが、なかなか夢を実現する道筋が見えてこない。しかし苦節7年、ついにファーストアルバムの発売に漕ぎ着ける。

これで、最後はシンガーソングライターとしてスーパースターになりました、ということになれば完全に漫画になってしまう。しかし、ファーストアルバムのクオリティー、ライブの盛り上がり具合からすれば、それも高い確率で実現してしまうのではなかろうか。


昔は、アイドルは歌がへたで、あまり賢そうでなく、かわいいだけということになっていた。だが、それとは正反対の、山本彩のような人がアイドルを名乗るというのも、アイドルがビジネスモデルとして確立されたあかしかも知れない。

*1:なにしろ、彼女の名前の読み方を知ったのが今年の初めなので

*2:それ故、ゴーストライターを使っていないことが明白だ

*3:年が前後するが、この順番で見つけたので

*4:若さによる旬といったようなもの。この時点でバンドを持たせてデビューさせていた方が、吉本はずっと儲かったのではないだろうか

*5:R&Bということでモータウンを代表する女性歌手と比較したのだが、Supremes時代のDiana Rossは、ちょっとアイドルみたいに振る舞っている

*6:事実は、その両方か?