BABYMETALとオーストラリア

誕生日のケーキとして、ちゃんとしたケーキじゃなくて、カップケーキをもらったんです。もちろん外国にいるからですが、そんなことは初めてでした。でも、スタジオの中で誕生日を祝ったことが、私にとっては本当に楽しかったのです (The Musicの記事より)

前回の記事では文章が冷静さを欠いていたが、アルバムのせいである。Metal Resistanceは、聴きこめば聴きこむほど、のめり込んでしまう。今回も冷静ではない。

中元すず香という人は、本当に恐ろしいボーカリストだ。今回の発見は、その比類なき歌声が、インストルメンタルとして使われると別の魅力を発揮するということ。前の記事で「From Dusk till Dawn」を取り上げたが、とにかくハイトーン。本来、ハイトーンという言葉はボーカルには使わないようだが、彼女の場合はこの言葉がぴったりはまるのだ。彼女のハイトーンは、「Agartha」におけるMiles Davisのハイトーンに比肩する*1

そういえばAgarthaは、旧大阪フェスティバルホールのライブだった。フェスティバルホールといえば、Deep Purpleの名盤「ライブ・イン・ジャパン」だ*2。最初は日本だけの発売の約束だったのだが、あまりにも素晴らしいので「Made in Japan」と名を変えて世界発売になり、結局ロック史に残る名盤になった。「Made in Japan」という名前は、最初はDeep Purpleの連中が信用していなかった日本製録音機器の優秀さの象徴にもなった...。そういうどうでも良いことを次から次に思い出す。とにかく、彼女の歌声は昔の何かを思い出したくなるような、そういう歌声なのだ。

それでも、スタジオ録音であるMetal Resistanceでは、彼女の魅力の半分しか伝えていない。私は、彼女は真のロックンローラーだと思う。ライブでこそ最高の魅力が発揮されるボーカリストだ。数日前にミュージックステーションで披露したKARATEが、Redditで話題になっていた。彼女がいくつかミスしたのを咎める奴もいたのだが、それほど彼女は、何だかとても高揚していた*3。だが、こういう時は2曲目でもうトップノッチになって素晴らしいライブになるのに、1曲しか演奏しないテレビはつまらない。

デビューアルバムとTed Jensenがマスタリングした「Live at Budokan」を比較してみると、全ての曲でライブ盤の方が魅力的だ*4。良く聴くと、彼女はとても細かくシャウトを入れている。こんなボーカリストは彼女しかいない。母音の多い日本語だから出来るのかも知れないが*5、これがリズムを強調して素晴らしいロックンロールになっている。彼女がビブラートをあまり使わないことを批判する人もいるが、リズムで複雑なテクニック*6を使っているのだから、そこまで手がまわるわけもない。リズムを放ったらかしてビブラートを駆使する、私はうまいでしょと言わんばかりの女性ロックシンガーは、あれはロックンロールじゃない。

オーストラリア

最近、オーストラリアの雑誌やサイトで、彼女のインタビューが紹介されている。そのうちのいくつかは、日本ではなくオーストラリアで行われたインタビューらしい。

ひと月ほど前に書いた「BABYMETALが止められない理由」という記事の中で、Metal Hammer 281号のカバーストーリーを紹介した。その中に「Su-metalは、新アルバムの仕事を再開するために、オーストラリアに飛ばなければならない」という部分がある。この時に行なわれたインタビューだろう*7

TheMusic.com.auは、オーストラリアの音楽情報サイトである。ここも、NME.comと同様に「The Music」という週刊のフリーマガジンを出している。この雑誌は、フリーマガジンとはいえ、なかなか良い雑誌だ。特に、ちょっと古めの感覚のデザインが良い。

BABYMETALが、一月ほど前、The Music 132号(3月30日発行)の表紙になった。だが、表紙よりも、この号に載っている中元すず香のインタビュー記事がとても興味深い*8。何故、Su-metalのインタビューではないのかって?この記事では、主語が「Su-metal」ではなく「Nakamoto」になっているのだ。さらに、この記事には、いつもの狐神が登場しない。狐神の使徒のSu-metalではなく、生身の中元すず香が現れている。記者の考えなのだろうが、よく小林啓の検閲を通ったものだ。

ところで、彼女がオーストラリアで行ったレコーディングについては、かなり明らかになっている。スタジオは、Sony Music Entertainment Australiaの本社ビルにある、Sony Studios Sydneyのスタジオ。レコーディング・エンジニアは、Adrian Breakspearシドニーで録音したのは、「Karate」、「The One」、「No Rain, No Rainbow」のSu-metalのボーカルパート。全部ではないようだが、「YAVA!」と「Meta Taro」もやったらしい*9。オーストラリアでレコーディングしたのは、Breakspearの慣れているスタジオを使ったためだろう。彼の考えなのだろうか、一連の曲では彼女の声に少しエコーがかかっている*10

スケジュールはとてもタイトで、彼女は18歳の誕生日をスタジオで迎えたらしい。それが冒頭の言葉だ。Redditでは可哀想という声もあったが、私は逆に、アーティストとしての自分の立場を確認した高揚感が漂っているように思う。

以下に紹介する記事の表題は、日本漫画のタイトルと掛けた「Baby Steps」だが、Babyどころか彼女のアーティストとしての自我は、遠に覚醒しているようだ*11。この記事から伝わってくるのは、デビューアルバムでスターダムに駆け上がったロックバンドの若きリーダーが、真価を問われる二枚目のアルバムについて熱く語っているという、きわめてよくあるシーンであって、そこに狐神の影を見出すことは難しい*12

f:id:onigashima:20160403003023j:plain

Baby Steps

(Jonty Czuchwicki著 / 2016-03-30 / The Music 132号 p12-13)

BabymetalのSu-Metal(中元すず香)はメタルのことを「大きな音で、ちょっと怖い」と思っていた、と彼女は録音されたような英語で(完璧な英語で)Jonty Czuchwickiに答える。

好きか嫌いかは別にして、セカンドアルバムMetal Resistanceを出したことで、Babymetalはもう揺るぎない存在だ。Babymetalの衰えない勢いは、メタルと日本のアイドル音楽の結合を、すぐに消えさるものとして笑っていた人々が、全く誤りであったことを証明した。それでも、このプロジェクトがいろいろと批判されているなかでーステージ上のメンバー(楽器を弾くミュージシャンも含めて)が主に曲を書いていないこと、アングラで懸命に頑張っているメタルミュージシャンのコミュニティーを阻害していることーBabymetalとしては、もっと彼女たちの音楽について発信し、音楽に注目を集めたいと思っているのは明らかだ。

もちろん、ボーカリストのSu-metal、Moametal、Yuimetalが、彼女たち自身でBabymetalのコンセプトを生み出していくのなら、このプロジェクトはもっとずっとクールになっていくだろう。だが、Babymetalはまだ彼女たちの今の有り様に触れることは少なく、これから起こることにより感心があるようだ。これはまだほんの始まりに過ぎないと強く言う。メンバーが成長し、メタルジャンルをもっと学んでいくにつれ、このプロジェクトも発展していくのだと断言する。

リードシンガーのSu-metal、またの名を中元すず香は言う。「セカンドアルバムのMetal Resistanceでは、今まで全くやっていなかったような多くの新しいジャンルに挑戦しました。。。この先もずっと、止まるつもりはありません。私たちは音楽を、そしてメタルを、ちょっとでも深く探求したいと思っています」。Babymetalが、この先、ブラックメタルやドゥームやグラインドコアを、彼女たちのサウンドに取り入れていくのかについては、素晴らしくクリアな答えというわけにはいかなかった。それでも、同名タイトルのデビューアルバムに比べると、Metal Resistanceは技術的に大きく飛躍している。Sis. Angerは明らかにデスメタルのイントロを取り入れているし、Tales Of The Destiniesはプログレッシブの冒険だ。

中元はまだBabymetalの作詞をしていないのだが、その理由というのがちょっと可愛らしい。彼女が自身の言葉で説明するには、「私はBabymetalを始めた時、メタルが何であるか何も知らなかったのは本当です。その当時は、メタル音楽は大きな音で、ちょっと怖いなと思っていただけでした。今はもうメタルを、それも様々な形のメタルを経験したので、私のメタルに対する見方は大きく変わりました。メタルというのは思ったよりずっと、入り込むのがやさしい音楽だと思います。何かを書くのにはとても興味があるのですが、同時に、まだ一歩踏み出すにはメタルのことを十分に知らないのじゃないかとも感じます。作曲や作詞をやれるようになるまでには、もっとメタルについて学ばなければならないと思います」。

嬉しいことに*13、彼女が言う、「YuimetalとMoametalは、Babymetalのあとのメンバーですが、彼女たちはもう、いくつか曲と詞を書いているんです*14。彼女たちは、それがとても楽しいらしいのです。一緒に旅行しているときに、二人が曲を書くというかハミングするというか、そんな時があるんです。ところが、それが何故かとてもキャッチーで、耳に残るんです。彼女たちは、音楽を書くことに、より興味があるようです」。中元にとっては、「私は、今でも、ステージ上で曲の展開を考えたり、曲の伝え方を試したり、そういう大きな役割を果たしています。今は、そのことが楽しくて、それに集中しています」。

中元のメタルに対する見方が変わってきたという、その過程そのものが、この新アルバムの大きなテーマでもある。「メタル音楽というのは、人の心を打つものです」と彼女が言う。「それは、とても強いイメージです。メタル音楽を大きく捉えればパワフルです。それは、とても憂鬱だとか何だとか*15、そういう風に言われるようなものではありません。やりたいことがある時に前に進ませてくれるのがメタル音楽だと、私は感じています。それは、時には意欲を駆り立ててくれます」。中元は、このテーマについて、説明を続ける。「詞はとてもポジティブです。聴く人の意欲を駆り立てるものがたくさんあります。それは私たち自身にとっても当てはまります。特に、Road Of Resistanceという曲では、その詞が、人生のなかで地図にない道を進むこと、未知の領域を開拓すること、そして、自分を信じることを表しています。。。*16それは、まさに、去年の世界ツアーで私たちが経験したことを反映しているのです。例えば、新しいことにトライしたこと、音楽の新しいジャンルに挑戦したことを」。

Metal Resistanceには、Babymetalの曲として初めての英語曲が含まれている。中元にとっては、The Oneは、レコーディングの段階で最も難しかった曲だったようだ。だが後には、このレコードで最も誇らしい曲になった。「The Oneは、私が初めて英語で歌った曲ですが、そんなに簡単だったわけではありません」と中元が話し始める。「私は今、英語を学んでいる途中ですが、喋っているときに比べて、歌の中で何か発音することが、どれだけ難しいか身にしみて分かりました。私はこれからもトレーニングを続けなければなりませんが、それはともかくとして、この曲が初めての英語の曲だということは、全てのファンが理解できる初めての曲だということでもあります。ファンの方にこの曲を聴いてもらうのが待ちきれません。人々に、この曲に込められたメッセージを聴いてもらうのが待ちきれないのです」。

その努力は、明らかに世界中のファンとの強い結びつきを確立することになるだろうが、中元は、これによって彼女たちのルーツが切り捨てられるとは感じていない。「今でも日本語の歌詞が私たちにとって重要なことには変わりありません。それは、私たちの成り立ちだからです。だからといって、もう英語で歌わないというわけではありません。そんな機会が訪れたら、やっぱり喜んでやるでしょう」。 実は、このレコードの大半は日本でレコーディングされたのだが、作品の一部はオーストラリアで録音された。「私がオーストラリアにいた時は、ずっとスタジオに缶詰めだったので、ほとんど何も見ていないのです」と中元がダウンアンダー*17の旅について語る。「ちょっとだけ街の中を歩いてみたのですが、それだけでした。また戻ってこれたらいいなと思います。たぶんツアーで、まだ先の話ですが」。ほとんどが仕事で遊ぶこともなかったのだが、中元はレコーディング途中の最大のハイライトをあげてくれた。それは、オーストラリアで彼女の誕生日を祝ったことだ。「私の誕生日を(オーストラリアで)お祝いしたんです。誕生日のケーキとして、ちゃんとしたケーキじゃなくて、カップケーキをもらったんです。もちろん外国にいるからですが、そんなことは初めてでした。でも、スタジオの中で誕生日を祝ったことが、私にとっては本当に楽しかったのです」。

*1:知らない人に説明しておくと、Miles Davisはジャズの帝王と言われたトランペッターです。70年代にはプログレッシブロックの範疇に入れられてしまうような名演奏を残しました。「Agartha」もそのひとつです。これは1975年2月1日にフェスティバルホールで行われたコンサートの昼の部の録音です。夜の部は、これも名盤として知られる「Pangea」です。Milesは、このとき既に体の調子がよくなく、この後80年代初頭まで長期休養に入ります。なお、文中では話の流れでハイトーンと言いましたが、実際には、Milesはあまりハイトーンを使いません。それでも人間の声にすれば十分にハイトーンで、彼女の声はMilesを思い起こさせるのです

*2:これは、フェスティバルホールで2日間、武道館で1日やった日本ツアーのライブなのだが、収録された7曲のうち5曲がフェスティバルホールの2日目の分、残りが武道館の録音だ。最近、3日分の録音が残っていることが分かり、全てがCD化された

*3:全米ネットのThe Late Showより、日本の番組の方が興奮するというところが面白い

*4:以前の記事でLive at Budokanに文句をつけてしまったのだが、聴けば聴くほど、これはすごい

*5:「THE ONE」で、英語の歌詞に意外に苦しんでいるようだ。英語に慣れていないということより、彼女の歌い方が日本語に最適化されているからではないか。英語で歌うためには、歌い方を変えなければならなかったのだろう

*6:テクニックとは言ったが、本人がそれを意識しているのかどうかは分からない。意識していないとすれば、やっぱり本当の天才だ

*7:彼女の周辺にシドニーコネクションができているようだ。滞在中に出来た人脈なのか、それを通じての取材が多いように思う

*8:この記事は、日本に帰ってから電話等を使ったインタビューのようだ

*9:Adrian Breakspearの名は全曲のクレジットに出ているので、その他は日本での録音か

*10:元が良いから、エコーがまた映える

*11:最近、彼女はアーティストという言葉を使う。狐神から離れたオーストラリアでの経験も、それに寄与したのだろう

*12:オーストラリアに小林が行かなかったのは明らかだ。もし居たのなら、ちゃんとした誕生日ケーキぐらい用意していただろう

*13:Babymetalが曲を書いている、という(批判に対する)反証が出てきたからか?

*14:「4の歌」だけではないらしい。「some songs and lyrics」というからには、3曲以上かな

*15:これは、まさに私の見方なのだが、彼女に叱られてしまったようだ

*16:この部分、熱く語られすぎて、ちょっと省略したようです

*17:オーストラリアのこと。最初は「地球の裏側」という意味でイギリス人が言い出した言葉らしいが、今ではオーストラリア人が好んで使う