三題噺みたいだが、この3人の名前を並べたのは、私が初めてに違いない。
山本彩は、明らかに、ミュージシャンとしての正当な評価を受けていない。しかし、それは彼女がアイドルであることに固執するのが一因だから、仕方ないことではある。普通の音楽ファンが、AKBだとか何とかいうグループに属するアイドルが、まともに歌えると考えるはずもない。
奇妙なことに、彼女のアイドルとしてのファンにも、グループ脱退後に彼女がアーティストとしてやっていけるかどうか、疑問を持っているのもいるようだ。たぶん、彼らは音楽を聴く耳を持っていないのだろう。
定評のある天与の声に加え、ビブラートも息継ぎも全てがリズムを裏打ちするという、その類まれな表現力、こんな才人はめったにいるものじゃない。
とは言え、ファーストアルバムにも漸く、すこし飽きてきた。なにしろ、この半年間、最寄りの駅まで行き帰り一時間の道のりを歩きながら、ほとんど「Rainbow」ばかり聴いていたのだから。
aiko
山本彩は阪急京都線沿線の出身のようだ。ある時、シンガーソングライターに大阪出身の女性がいやに多いことに気付いた*1。代表はaikoだろう。aikoの父は東梅田の近くでバーをやっている。
菊地成孔というサックス吹きがaikoに耽溺しているらしい。aikoの歌を聴いていると、「自分は恋してるな」と思うそうだ。それはそれは、涙ぐましいばかりの中年男の愛が溢れている。
その菊池が、aikoのブルーノートを激賞している。日本で一番ブルーノートがうまいのは、久保田利伸とaikoだと言う。私も、以前から山本彩にだた一つ欠けているのがブルーノートだと思っていたから*2、そこまで言われればと、記事に載っていた「くちびる」を含むアルバムを買った。
素晴らしく上手い。aikoをブルースと言う人もいる。確かにブルースと言われればブルースなんだが、Ella FitzgeraldにJポップを歌わせたような奇妙な雰囲気で、独自の音楽世界が出来上がっている。彼女も天才のひとりであるのは間違いない。
しかし、aikoをずっと聴き続けるのは、私にはしんどい。高音がときどき癇に障る。ラブソングづくしの歌詞は、毎日となると辛い。山本彩に戻るとほっとすることがある。
Phoebe Snow
aikoを最初に聴いたときに思った。これをブルースとすれば、何と言うか。アーバンブルース...。しかし、アーバンブルースも、シティーブルースも、モダンブルースも全て、1940年ごろに使われている言葉だ...。こんな感じの歌を、ずいぶん昔にも聴いた気がする。
ふいに思い出した...。そうだ、Phoebe Snow。
原題が、同名タイトルのPhoebe Snow、和名がサンフランシスコ・ベイ・ブルース。Phoebe Snowのファーストアルバムにして、彼女の最高傑作。
これを長い間、思い出せなかったのだ。それが、「くちびる」を聴いた瞬間に思い出した。
ジャズの手練を揃えたアコーステックな雰囲気、透き通るような美声、そう呼ぶにはあまりにあからさまな、海の波のようなビブラート。完璧なPhoebe Snowの世界。大げさに言うと、70年代最高のアルバムではないかと思う。
というわけで、「山本彩のち、Phoebe Snowときどき、aiko」。